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現在地球上に生存している数々の動物たちは、いつ、どこで生まれたのだろうか
動物たちが一斉に出現したカンブリア紀の化石の世界的権威、コンウェイモリス博士が語る生物進化のミステリー

ケンブリッジ大学の研究室でインタビューに答えるコンウェイモリス博士。棚に収納された化石に加えて、机の上から床一面に至るまで、研究のための参考文献が所狭しと並べられている。「化石採集を行うのは1年のうち1ヵ月だけ。あとの時間はこの部屋で研究する」そうだ。
博士は、近年グリーンランド北部でカンブリア紀の化石を採集している。

①化石発掘現場のあるピアリーランドは北緯80°を越えた北極圏にある ②雪原の上のテントサイト ③化石が埋もれている頁岩(本のページのように剥がれる岩のこと)の様子。岩を剥がすとそこに化石が見つかる ④化石採集の合間に見つけたケシの花 ⑤博士が現在おもに研究しているハルキエラ(Halkieria)。細長い体の両端に貝のような殻がある(この化石では、上端の殻はこわれている)。グリーンランドで発見

最近の化石の研究では、現存の動物の最初の祖先は、ほとんどが約5億5000万年前に始まるカンブリア紀に一斉に生まれたことがわかってきている。「カンブリア紀の大爆発」と呼ばれるこの出来事は、生物進化上の大事件としてとくに最近注目を浴びているが、それ以前の生物はどんなものだったのだろうか。

コンウエイモリス(以下CM)一

約40億年の生命の歴史のうち、いまから約10億年前までは、地球は基本的には単細胞生物の世界だった。多細胞生物の出現は、動物と植物でタイミングが少し違うようだが、多細胞動物は、10億年から6~7億年前にかけて初めて登場したと考えられている。その証拠として、それを痕跡的に示すいくつかの化石(細胞の断片や跡のようなもの)が見つかっている。

本格的に多細胞動物の化石が見つかりだすのは先カンブリア紀の終わり(約5億8000万年前)で、オーストラリア南部のエディアカラの化石群が有名だ。そこでは、痕跡でなく生き物そのものが化石の形で残されているが、まだ単純な構造をもったものばかりで、ほとんどが、そのあとすぐに始まるカンブリア紀の前に絶滅したと考えられている。

つまりカンブリア紀が必ずしも、単細胞と多細胞動物を分ける境目というわけではない?

CM一

そうだ。ただし、カンブリア紀に入るとなぜか一斉にさまざまな動物たちが現れる。ほんの2000万年ほどの問にたくさんのタイプが登場した。あたかも何かが爆発したかのように大量の動物が現れたので「カンブリア紀の大爆発」と呼ぶのだ。カンブリア紀の化石として有名なのは私が研究してきたカナダ・ロッキー山脈のバージェス頁岩(けつがん)だが、現在では中国やグリーンランドなど世界の数ヵ所でもカンブリア紀の化石群が見つかっており、バージェス頁岩で見つかるのと同じ生き物がどの場所でも見つかる。やはり「大爆発」と呼ぶにふさわしい出来事だったと思う。

カンブリア紀には、その後の進化の途上で絶滅した奇妙な形の動物がたくさん出現している。目が5つもあるオパビニアとか、背中に角の生えたハルキゲニアとか、日本でも最近ずいぶん話題になってきた生き物たちなど。

CM一

カンブリア紀には、基本的に現存の動物の祖先のほとんどと、それに加えていまでは絶滅した数々の生物が登場したと考えられている。現存の動物の祖先がいたというのは、体の基本的な構造がいまの動物と同じものがすでにいたという意味だ。たとえば、人間は大きな分類の仕方によると烏や魚などと同じ脊椎をもつ動物、脊椎動物の仲間に入るが、カンブリア紀にはその祖先、ピカイアという動物がすでにいたという意味だ。同様に、昆虫などの節足動物、ウニやヒトデなどの棘皮動物などいずれの祖先もいた。

一方、絶滅した動物たちには、奇妙な形をしたものが多く、私の手元にある化石を見ても、チューリップのようなディノミスクスや、平らな胴体にとげがいくつもあるウィワクシアなど、いろいろなものがいる。

コンウェイモリス博士が研究してきたカンブリア紀の化石たち。 ⑥最近上下が逆だったことがわかったハルキゲニア(Hallucigenia)。 (以下⑩までいずれもバージェス頁岩で発見) ⑦5つの目をもつオパビニア(Opabinia) ⑧大きなとげをもつウィワクシア(Wiwaxia) ⑨チューリップのような形のディノミスクス(Dinomischus) ⑩脊椎動物の祖先ピカイア(Pikaia)

カンブリア紀の大爆発については、ハーバード大学のグールドが『ワンダフル・ライフ』という本を書いたおかげでずいぶんと広く知られるようになったが、それについてどう思うか。

CMー

私は、あの本が書かれたことで二つのことが起こったと思う。一つは、私たちバージェス頁岩の研究者自身が、自分たちの考え方についてもう一度見直し、考えを深めることになった、ということ。それについて私たちはグールドに感謝している。でも、もう一つは、私たちとグールドが研究者として考え方が違うということがますます明らかになった、ということだ。

あの本を読んでいると、グールドはあなたたちの研究について彼流に解釈しすぎているという印象を受けるが。

CM一

そのとおりだ。彼はあの本の中に、バージェス頁岩に関する事実と、進化生物学者としての自分の意見を、一緒にして入れてしまっている。とくに問題なのは、彼がカンブリア紀に登場した動物たちの多くを、理解できない「奇妙な生き物たち」と呼んでしまい、それらの出現の背景には、われわれのまだ理解できない進化のメカニズムがあると、考えていることだ。

私は、これとは反対の立場をとり、一見奇妙な動物たちの出現も進化の他の出来事と同じように理解でき、しかも、こういった動物こそが、カンブリア紀に起こったことをさらに理解する手がかりになると考えている。たとえば、私がいま研究しているハルキエラという動物は、軟体動物(カタツムリなど)のような細長い体に、環形動物(ゴカイなど)に見られるのとよく似た硬皮という構造をもち、さらにシャミセンガイなどの二枚貝の仲間(腕足動物)とそっくりの貝殻を体の両端にもっている。一見するとなんとも奇妙な動物だが、じつは、いま述べた3種類の現存の動物たちが、進化の過程で分かれる途中で出現してきたものだというのが、私のいまのところの説だ。

カンブリア紀の大爆発の話を聞くのはとてもおもしろいが、やはりどうしてもわからないことがある。カンブリア紀の大爆発はいったいどのようにして起こったのか。それについて意見を伺いたい。

CMー

はは、ついに出た。この質問が。もちろんその答えは「わかっていない」だ。(笑)

厳密に言えばそうだろうが、思うところはあるのでは?

CMー

多くの研究者は海の中の環境の変化に注目している。私も数年前は、それに非常に興味をもっていた。しかし、いまは少し違う。もちろんはっきりとした証拠がないことを承知のうえでだが、私はいま、カンブリア紀にたくさんの動物が生まれたのは、体づくりにかかわる新しい遺伝子が生まれたためかもしれないと考えている。たとえば、体節の形成に必要とされるホメオボックスをもつ遺伝子の出現や、神経組織を作るための遺伝子の出現などが重要だったのかもしれない。まだどの遺伝子の出現がもっとも重要だったかは言えないが、とにかく何か一つ新しい機構が生まれ、それがきっかけになって次々と新しい形をした生き物が生まれたのだと思う。

チンパンジーと人間が共通の祖先から分かれた時期が、遺伝子を比較することで、化石による3000万年前から一気に縮まり500万年前という結論が出ている。分子レベルの研究が進むことによって進化の知見が広がっていくなかで、化石のもつ意味はー。

CMー

分子生物学はとても強力なものだ。予想もしなかったことが次々に発見されている。たとえばホメオボックス遺伝子が、哨乳類にも昆虫にも、さらに線虫のような単純な体制の生き物にも同じように存在していることは、多くの人にとっては驚きだった。私は、古生物学者も分子生物学的な研究の成果をもっと学ぶべきだと思う。でも、けっして分子生物学は万能ではない。分子生物学は現存の生物の研究には非常に強力だが、過去に存在した生物については、まだまだ無力だ。

なるほど。たとえば、恐竜が存在したことやカンブリア紀に絶滅した生き物がたくさんいたことは、化石が見つかるからこそわかると言える?

CMー

もちろんそれもたいせつな例だ。でも他にももっと重要なことがある。たとえば先ほどのハルキエラの研究のきっかけになったのは、じつはアメリカの発生生物学者ラップや分子進化学者ギースリンたちの、軟体動物と環形動物が進化のうえで非常に近いという分子生物学的研究だった。でも、彼らの研究からは、共通の祖先はどんな形をしていたのか、それぞれの生き物はどのような段階を経て進化してきたのかはわからない。また、現在の動物を比べてみてもあまりにも形が違うので役に立たない。そういうときに、進化の途中で出現した生き物の化石が見つかれば、多くのことがわかる。ハルキエラはまさにそういう生き物の一つなのではないかと私は考えている。

(聞き手本誌:加藤和人/かとう・かずと)