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Experiment

黒白江南花 和名シボリアサガホ 

飯田 滋

江戸時代からずっと日本人に親しまれてきたアサガオ。 その中の変わり種・絞り朝顔には,平賀源内も注目していたという。 飯田教授は,その不思議な模様が,動くDNA(トランスポゾン)のはたらきでできるということを突きとめた。


庶民の夏の花アサガオ(Pharbitis nil)は、nilがアラビア語由来で藍色を意味するように、東アジア原産で明るい青色の花を咲かせる。その種子は古くから中国で薬用に供せられ、薬用植物の牽牛子(けんごし)として奈良時代に渡来し、花は牽牛花(けんごか)と呼ばれた。現在でも牽牛子は下剤などの生薬として日本薬局方に収載されている。

江戸時代になると、多種多様な花や葉をつける品種(変異体)が作出され、独自の園芸植物として広く栽培されるようになった。明治時代にはアメリカに輸出され、Japanese morning gloryと呼ばれて、当地のマルバアサガオ(morning glory)よりも高値で売買されたという。
 

雀斑系絞りアサガオ。色が出る部分の大きさにはいろいろなものがある。

絞り花ができる仕組み。花をつくる細胞が分裂する際、どの時点でトランスポゾンがはずれるかによって、色が出る部分の大きさが変わる。(写真・図=飯田滋)

表題の“黒白江南花(こくびゃくこうなんか) 和名シボリアサガホ”は写真にあるような絞り朝顔のことで、江戸湯島で開催された“物産会(薬品会)”の目録解説書ともいうべき平賀源内の『物類品隲(ぶつるいひんしつ)』((1762)の牽牛子の項に記載されている。しかも、源内のパトロンであった高松藩主松平頼恭(よりたか)が遺した『写生画帳』の中の「アサガホ、漢名牽牛花」にも、“シボリアサガホ、漢名黒白江南花”として描かれている。

この朝顔の出現は、当時人々の関心を集めたらしく、阿部照任(にんとう)・松井重康撰の稿本『採薬使記』(1758)にも「備中ノ松山ト云フ所ニ、此頃珍シキ牽牛花ヲ生ゼリ。……花ノ色白ト紺ト咲分ケ、或ハ白地紺ノ細カナル星入リ、……其年ノ子ニテ又生ジ花咲ク。近比京師ニテ松山アサガホト云フ」とある。また小野蘭山の『本草綱目啓蒙』(1803)の牽牛子の項にも「壁白相間ルモノヲ黒白江南花ト云ヒ、俗ニ松山アサガホト云フ」と記述されている。これらのことから、“松山朝顔”とか“黒白江南花”と呼ばれた絞り花変異体は、18世紀前半に岡山県高梁(たかはし)市(備中松山)に出現し、1750年代には京や江戸でも栽培されたことが窺える。事実、伊藤若冲(じゃくちゅう)の『動植彩絵』の中の「向日葵雄鶏図」(1759)や柳沢淇園(きえん) (1704~58)の「朝顔屏風絵」(京都国立博物館蔵)にもこの絞り花は描かれている。

アサガオは江戸時代に多数の変異体が分離されていたため、1911年頃より遺伝学的研究が始まり、1938年までに140報以上の論文が我が国で書かれ、当時トウモロコシに次いで詳細な遺伝子地図も作成された。

上記の朝顔の絞り模様は、色素をつくらない白色細胞が、花弁形成時に体細胞変異を起こして色素をつくる有色細胞に変わるために生じると考えられる。このような高頻度で突然変異を起こす不安定な変異は、易変性変異(mutable allele)と呼ばれる。絞り朝顔の易変性変異は白地に有色のスポットが表れるので、遺伝学で“そばかす”(雀斑(じゃくはん)、英名は flecked)と名付けられ、1930年代前半に、詳細な遺伝解析が、当時日本を代表する遺伝学者の今井善孝や木原均によって行なわれた。一方園芸家は、同じ易変性変異でも、白地に有色の細かいスポットがたくさん出る絞りを“時雨絞り”、大きなセクターが表れるものを“染分け”、枝変わりして有色の全色花の枝が出ると“咲分け”と呼んでいる。

我々は最近、DNAを用いた新しい遺伝学で、易変性“雀斑”変異は、アントシアニン色素生合成経路の酵素(ジヒドロフラボノール4-レダクターゼ)の遺伝子DFR-B内に、Tpn1というトランスポゾン(動き回る遺伝因子)が挿入されたために起きたことを明らかにした。Tpn1が入り込んだために、不活性化されたDFR-B遺伝子は、色素を生合成できず白色花となるが、花の形成の途中にトランスポゾンが飛び出すとDFR-B遺伝子は再活性化されて、その細胞では色素がつくられ始め、白地に有色のスポットやセクターが表れてくる。花びらの形成の遅い時期に高頻度でトランスポゾンが飛び出せば、“時雨絞り” となり、ごく早い時期に少しだけ飛び出せば“染分け”となる。トランスポゾンが飛び出す時期と頻度が、どのようにして決定されるのかは、興味ある問題である。

このように、雀斑系絞りアサガオは、その出現から絞り模様形成の分子機構に至るまで、もっともよく解明されているが、今日、朝顔愛好家の間でも見ることはまれである。そこで、文化・文政年間(1804~30)に出現したといわれ、朝顔の展示会でも時々見かける、“吹掛け絞り”(speckled、写真上)の易変性変異の実態も現在解明中である。

吹っ掛け絞りアサガオ。飯田教授はこの模様もトランスポゾンのはたらきでできるのではと考え、研究を進めている
(96年8月京都府立植物園の早起きアサガオ会で)。

(いいだ・しげる/基礎生物学研究所教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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