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RESEARCH

遺伝子が「一生を過ごす」場としてのゲノム

小保方潤一名古屋大学遺伝子実験施設

細胞内のゲノムは、単なるDNAの総体ではなく、一まとまりでの機能をもっているはずです。イネゲノムに入りこんだ葉緑体DNAの残骸を調べたところ、「遺伝子が生れ、はたらき、死んでいく場」という全体としてのゲノムの姿が見えてきました。
 

1.葉緑体ゲノムと核ゲノム

東京オリンピックの前年にあたる1963年、米国コロンビア大学に留学していた日本人研究者(石田政弘京都大学名誉教授・故人)が、緑藻類クラミドモナスの細胞から葉緑体をほぼ無傷で抽出することに成功した。そして当時の先端技術だった超遠心分析法(註1)を用い、葉緑体には核とは異なる独自のDNAがあることを明らかにした。葉緑体ゲノムの発見である。

これが契機となって、葉緑体の機能と起源をゲノムから探る新しい研究領域が生み出された。そして1986年、名古屋大学と京都大学のグループによって、それぞれタバコとゼニゴケの葉緑体ゲノムの全塩基配列が決定された。核ゲノム以前に、それと比べると1000分の一以下という小さなゲノムの素顔がまず明らかになったのである。

葉緑体ゲノムは揺籃期にあった植物分子生物学の恰好の研究対象となり、光合成や植物進化の研究に多くの知見をもたらしてきた。やがて本格的なゲノムプロジェクトの到来とともに、多くの研究者は研究対象を葉緑体ゲノムから核ゲノムに移していったが、葉緑体から核へ移ったのは、実は研究者ばかりではなかった。
 

(註1) 超遠心分析法

低速の遠心器では沈降できない細胞内の構造物やDNAのような高分子を、高速度(1分間に数万回転)の遠心器を用いて分離する方法。この実験では、葉緑体の抽出と葉緑体DNAの精製の両方に用いられた。



2.細胞内共生進化と遺伝子移動

葉緑体の起源が細胞内共生したシアノバクテリアにあることは、今では広く知られている。しかし両者のゲノムを比較すると、シアノバクテリアが3000~4000個の遺伝子を持っているのに対し、葉緑体にはわずか100個ほどの遺伝子しかない。細胞内共生進化の過程で、シアノバクテリアのゲノムが持っていた遺伝子群は、わずか数パーセントを残して宿主の核ゲノムに移動したか、消失したことになる(図1)。現在、葉緑体ゲノムに残っているのは、葉緑体自身の形成・維持と、光合成のコア反応(光による酸化還元反応やATP合成など)に関わる必須遺伝子の一部だけである。細胞内共生進化とは、宿主ゲノムが共生者のゲノムから遺伝子と自律性を収奪し、共生者を宿主細胞の単なるパーツに変化させてゆく過程の別称といってもよい。

(図1) 細胞内共生進化と遺伝子移動

葉緑体の起源は、真核細胞にシアノバクテリアが共生したものである。共生が成立する過程で、シアノバクテリアの遺伝子の多くは、宿主の核ゲノムに移動するか消えていった。

さて、遺伝子の移動(あるいは収奪)が細胞内共生の最大の鍵であるとして、この遺伝子移動はいったどのようなメカニズムで進むのだろう? もしこの現象が長い植物進化の過程で一度しか起こらなかった奇蹟のような出来事であれば、実験室の中で解析したり再現したりすることは難しそうだ。しかし細胞内共生の成立後も葉緑体から核への遺伝子移動が何度も生じたのであれば、核ゲノムには、この遺伝子移動の謎を解き明かす痕跡が数多く残されているに違いない。後者の可能性を考えて、私たちは、葉緑体ゲノムが解読され、核ゲノムについても解読が終了しつつあったイネ(ジャポニカ米)を詳細に調べてみることにした。

3.核ゲノムに転移した葉緑体ゲノム

まずは、葉緑体ゲノムと同じ配列が核ゲノムに存在するか、コンピュータを使って調べてみた。イネの染色体は12本だが、驚くことに12本すべてから葉緑体ゲノムに由来する配列が見つかり、それらが挿入されている染色体上の部位は全体で700箇所を越えていた(図2)。DNA量としてはなんと葉緑体ゲノム7つ分にあたり、実に核ゲノム全体の0.2%を占める。筆者らは、これら核ゲノム上に存在する葉緑体由来のDNAを、葉緑体のゲノムDNAと区別するために、核に局在する色素体DNA(nuclear-localized plastid DNA)、略してnupDNAと呼ぶことを提唱している。葉緑体は花や根では有色体や白色体などに分化するが、色素体とは、これらを含んだ葉緑体のより広い名称である。

(図2) イネゲノムに転移した葉緑体DNA

イネの全染色体の模式図。緑の線は、葉緑体DNAが転移していた箇所を示す。全体で700箇所以上にわたり、断片の数は数千に及ぶ。

nupDNAは、いわば核に転移した葉緑体DNAの残骸である。しかしこの残骸は、実は宝の山だった。nupDNAの構造や染色体上の位置、転移後の時間などを丹念に調べることで、イネの核と葉緑体の間で過去にどのようなやりとりがあったのかを具体的に知ることができたのである。

nupDNAを葉緑体ゲノムと比べてみると、まず目立つのはnupDNAの随所で配列の激しいシャフリング(DNA鎖の切断・再結合による配列断片の混ぜ合わせ)が生じていることだ(図3)。わかりやすいように葉緑体ゲノムに1から23まで番号をふると、これがほぼそのままのかたちで核に移行してnupDNAになっている場合もあるが、順番が逆転したりばらばらになっている場合の方が多い。そして、ほとんどのnupDNAはもとの葉緑体の500分の1ほどのごく短い配列となっている(図3)。nupDNAは、いったん転移すると染色体DNAとの間で活発な混ぜ合わせを受け、断片化されるということだろう。

(図3) nupDNAの長さと構造

A) 10番染色体(全長23.6Mbp)の詳細な模式図。赤い線は転移したnupDNAの長さを示す。10kbp以上の長いnupDNAは少なく、1kbp以下の短い断片が染色体の全域に散らばっている。
B) 10番染色体に転移したnupDNAの構造と葉緑体ゲノムの比較。葉緑体ゲノムには1から23までの番号が付けられ、そのうち17から21の一部は、全く同じ配列が逆方向に重複している。131kbのnupDNAは葉緑体ゲノムの構造がほぼそのまま核ゲノムに転移しているが、33kbのnupDNAは断片化された2つの領域が融合している。



4.植物ゲノムの流動性

ところで700箇所にも及ぶnupDNAは、葉緑体から核にいつ転移したのだろう。実は、葉緑体のDNAは、同じように細胞内共生の結果誕生したミトコンドリアのDNAに比べて、生物種間での配列の違いが非常に少ない。つまり、葉緑体ゲノムの進化速度は遅く、配列の変化が起こりにくいのである。ところが核に転移した葉緑体DNAは、核ゲノムの進化速度の影響を受けるので、nupDNAは核で過ごした時間の分だけ配列を変化させているのだ。そこで現在の葉緑体にあるDNAとnupDNAとの配列を比べると、個々のnupDNAがいつ頃葉緑体から核へ転移したのかを推定できる。

その結果、核ゲノムに散在するnupDNA集団はその大部分が100万年以内に転移した若い断片で構成されており、転移後の年数が長くなると存在量が急速に減ることが明らかになった(図4)。人間社会に例えるなら、出生率が高く、平均寿命が短い年齢ピラミッドを形成しているのである。また、若いnupDNAは一般にサイズが大きく、年齢の進行と共に急速に断片化が進み、転移して数百万年を経た高齢のnupDNAは小さな破片ばかりであることも明らかになった(図4)。

(図4) nupDNAの長さと転移後年数の関係

nupDNAは大部分が100万年以内に転移しており、それ以上古いものは著しく少ない。転移するDNAは1,600bp以上の長い断片が多いが、年数と共に急速に断片化が進み、短くなっている。

このようなnupDNA集団の特徴から、葉緑体ゲノムと核ゲノムの密接な関係が見えてきた。葉緑体DNAはかなり頻繁に核ゲノムに取りこまれる性質があり、そこで染色体DNAと混ぜ合わされながら次第に細片化され、やがて核から排出されて消えていく…このようなダイナミックな出来事が、過去から現在に至るまで、イネの細胞の中で連綿と続いてきたのだろう。このDNA転移の頻度は、一つの遺伝系統だけを考えると数万年に一度程度のものだが、例えば1ヘクタールの水田といった規模で考えると、毎年、新たなDNA転移をもった種もみが数千生まれている計算になる。

私たちは、このような葉緑体から核へのDNAの流れを、一定の流速を持った定常的な流れ、という意味を込めて、「DNAフラックス」とよんでいる。植物の核と葉緑体のゲノムは、これまで互いに独立した存在であることが強調されてきた。しかし、少し長い時間の流れや集団の広がりのなかで捉えると、両者はむしろ、連続したDNAの流れでつながった流動的な実体であると見ることができる。

5.転移したDNAの運命

DNAフラックスによって、葉緑体から核へ大量のDNA断片が流れ込んでいるが、その大部分は、核の中ではこれといった機能を発揮することのない典型的なジャンクDNAである。核ゲノムが真核生物型であるのに対し、葉緑体は細胞内共生前の原核生物型のシステムを守っているため、転写や翻訳の仕組みに大きな違いがある。このため、葉緑体ゲノムの遺伝子配列が核ゲノムに挿入されても、そのままでは発現できない。発現能を伴った遺伝子移動が生じるためには、タンパク質をコードする配列(構造遺伝子領域)が無傷で転移するだけでなく、核で転写されるためのスイッチ役の配列(プロモーター配列)も都合良く獲得しなければならない(図5)。そんな偶然は、はたしてどれほど起こりうるのだろうか。

(図5) プロモーターと転移遺伝子の発現

遺伝子の基本構造は、転写に必要なプロモーター配列とタンパク質の情報を持つ配列からなる。葉緑体ゲノムのタンパク質配列が単独で、もしくは葉緑体のプロモーターとセットで核ゲノムに転移しても、発現システムが異なるため核内で転写されない(左)。核で機能するプロモータの直下にタンパク質配列が位置した時に、転移した葉緑体遺伝子が発現する(右)。

植物のトランスクリプトーム(細胞内の全転写産物)を調べてみたところ、意外なことにnupDNA断片を含んだ核の転写物がかなり観察された。そこで、プロモーターを欠いた遺伝子をシロイヌナズナやクラミドモナスの核にランダムに挿入してみると、実は、核ゲノムの中では、プロモーターの偶発的な獲得や出現が従来考えられてきたよりも高い頻度で生じていることがわかった。また、植物のプロモーターを網羅的に解析したら、これまでの限られた配列を元に出されていた予想とは異なり、プロモーターがかなり多様性に富む配列の集団であることが明らかになった。つまり、遺伝子の転写に必要な配列はきっちり決まった特殊なものではなく、ゲノム中にある頻度で散在しているらしいのである。これらの結果から、葉緑体ゲノムには、DNAフラックスやゲノムのシャフリングを介して、核のトランスクリプトームに多様性を持たせる役割があるのだろうと考えている。

これで、植物進化の初期に起きた細胞内共生の過程が見えてきた。共生したシアノバクテリアから核への遺伝子移動の背後には、今回明らかになった連続的なDNAフラックスに乗った夥しい量のDNA転移やシャフリングが存在している。その中の一部の遺伝子配列だけがプロモーターの獲得に成功し、さらにほんのわずかなものだけが、機能を持つ遺伝子として核ゲノムに固定されていったのだろう。そこには自然選択もはたらいていたはずである。一人の成功者の陰には、無数の市井の人々の存在が必要だったと言ったらいいすぎだろうか。

6.ゲノムとは何だろう

ゲノムという用語は、1920年、ドイツの植物学者Winklerが、「配偶体細胞(卵や精子)が持つ染色体の1組」を示す言葉として用いたものである。この用語は、その後、生物学の進展に伴って様々な解釈が施され、現在は、「細胞に含まれる全DNA」とみるのが一般的である。つまり、モノとしての定義である。しかし私たちが知りたいのは、モノの背後にある、ゲノムのもっと本質的な性質である。「ゲノム」と「単なるDNAの集合体」とを区別する見方をどう取り入れたらよいだろう。

生物の進化や適応放散の過程は、新しい機能を持った遺伝子が生まれ、機能し、そして不要になった遺伝子が消えていく過程として見ることもできる。遺伝子にも「一生」があるのだ。私は、ゲノムの最も本質的な役割は、新たな遺伝子に誕生の機会を与え、一生を送る「場」を提供することではないかと考えている(図6)。これは、ゲノムをモノとしてではなく、そのはたらきや動きから定義しようという見方である。そして、本稿で述べた「葉緑体から核への遺伝子移動」という現象は、この一見、抽象的にみえる「ゲノムを場として見る」という課題に、実験科学として取り組むための様々な手掛かりを与えてくれる。

葉緑体ゲノムの研究は、科学史の上では既に最も光輝く時を過ぎたように見える。しかし、ゲノムとは何かという古くて新しい問題を考えるとき、葉緑体ゲノムは今も、重要な研究材料なのである。

(図6) ゲノム=遺伝子が一生を過ごす場

葉緑体から核への遺伝子移動という現象から見えてきた、流動的なゲノムの姿。この流動性によって、新たな遺伝子が誕生し、役割の終えた遺伝子が消失していくと考えている。

 

小保方潤一(おぼかた じゅんいち)

1979年北海道大学理学部生物学科卒業。1985年理学博士、日本学術振興会奨励研究員、北海道大学遺伝子実験施設助手、同理学部助教授、同大学院地球環境科学研究科助教授などを経て、1999年より名古屋大学遺伝子実験施設助教授。2008年4月より京都府立大学大学院生命環境科学研究科教授、名古屋大学遺伝子実験施設客員教授。


 

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