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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2020.12.01

「無言館」での数時間を是非

11月3日に、長野県上田市にある戦没画学生慰霊美術館「無言館」に行きました。前から一度行きたいと思っていた美術館で、実は4月29日にお誘いをいただいたのですが、ご多分にもれず新型コロナウイルス騒ぎで延期になっていたのです。先回のテーマである核兵器禁止条約の発効が決まった10月24日の直後に伺うことになったのは、よい御縁だったと思います。

打ちっ放しのコンクリートの壁に、画学生たちの絵が簡単な紹介と共に置かれたそこにある空気は清澄そのもので、絵との語り合いだけが存在します。誤解を恐れずに言うなら心地よい場でした。そこに描かれているのは、日常そのものです。とくに妻、恋人、妹、母、祖母など身近な女性がていねいに描かれている絵が多いのです。その中の一つには「表で出征兵士を送ろうと待っている人たちの気配を感じながら、もう少し描きたいと絵筆をもっていた」というその時の状況を説明する文がついており、外から急かす声が聞こえてくるような気がしました。どの絵も、名前の後にある享年は20代後半から30代前半です。描きたいことがたくさんあったでしょうし、そこに描かれた風景の中で、愛する人々と生きる日々があったはずなのに、なぜここで命を落とさなければならなかったのか。

戦争は決して総体や抽象で語れるものではありません。一人一人の生に眼を向けた時、こんな理不尽なことは決してあってはならないと誰もが思うのではないでしょうか。数千の兵で数万の敵軍を倒した武将を讃える歴史物語にも、人間は見えません。戦いは、そもそも非人間的、非生きもの的なのであり、生命誌とは相容れないと改めて思いました。是非「無言館」での数時間を、あなたのものになさって下さい。とても大事なことが身について生き方に何か変化が起きると思います。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶