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研究館より

表現スタッフ日記

2021.07.15

肺魚の生命誌

 緑豊かな敷地内にある研究館では、夏の訪れを告げるのはにぎやかなクマゼミの合唱です。入り口の自動扉が開く度、ホールにシャーシャーという声と熱気が流れ込みます。今はエントランスを抜けると検温機がお待ちしていますが、その向こうには、いつものように2匹の肺魚がお出迎えします。おなじみオーストラリア肺魚のアボカドくん、そして、去年から仲間入りしたアフリカ肺魚、ブロトプテルス・アネクタンスのマカロニくんです。来たばかりの頃は、人が近くと警戒して奥の方でじっとしていましたが、だんだん慣れて好奇心がわいてきたのか、今は目覚めているときは人に寄ってくる愛嬌者に育っています。*
 さて、肺魚といえばゲノムサイズが大きいことで有名です。ヒトのゲノムの約30億塩基に対して、細胞あたりのDNA量から換算した測定値ではその40倍という値もでています。塩基配列の決定技術の飛躍的な進歩で、どんな生きもののゲノムでもDNAを機械にかければデータはでてきますが、巨大なゲノムはそのあと並べるのが容易ではありません。肺魚のゲノム解読はチャレンジングな試みとして話題には登りますが現実的ではないのかと思っていたら、今年になって、オーストラリア肺魚とアフリカ肺魚のアネクタンス、まさに研究館の肺魚たちのゲノム配列がほぼ同時に発表されました**。ヒトゲノムの40倍は少々過大評価だったのか、それぞれ約370億、400億のゲノム塩基配列を決定しています。
 ゲノム配列を決めるのは、そこからその生きものの特徴を読み解くことを期待してのことです。肺魚の興味といえばやはり肺ということで、肺のサーファクタントという界面活性剤のタンパク質の増加を指摘しています。このタンパク質は、肺が風船のように膨らめるように滑りをよくする役目があり、ヒトでも赤ちゃんがお腹から生まれて最初に空気中で呼吸をするときに準備されているものです。
 そのほかにも陸上進出に関わる四肢や嗅覚などが調べられていますが、この2つの論文はそれぞれ別な機関から発表されたので、オーストラリア肺魚とアフリカ肺魚の違いについては調べられていません。日頃、2匹を比べて見ている身としては、ぜひ比べてみたい、と早速データを入手しましたが、比較できるようにデータを整えるところから一苦労。うちのMacでは無理かしら、と思いつつ、コソコソ準備をしています。そのうち大きな研究所がスーパーコンピュータでサクッと解析した結果が発表されるかもしれませんが、自分で調べて、「これはまだ神様と私しかしらないかも」という発見の瞬間が研究の醍醐味です。肺魚の生命誌をゲノムから1つでも読み解きたいと遅々として進まない計算をじっと睨んでいます。


アフリカ肺魚(Protopterus annectens)のマカロニくんです

*先代アフリカ肺魚のプロトプテルス・エチオピクスのマーブルくんは、水槽の幅にあわせて窮屈そうに体を折り曲げていたので、広い場所にお預かりいただくこととなり、今はのびのび暮らしているそうです。

** オーストラリア肺魚の論文 Nature 590, 284–289(2021)
 アフリカ肺魚の論文 Cell 184, 1362-1376.e18 (2021)
 

平川美夏 (全館活動チーフ)

表現を通して生きものを考えるセクター