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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2021.08.03

新しい工夫は共生で

人工芝に寄り道をしましたが、紛いものでない植物に戻ります。「いのちを大切にする社会をつくり、その中で経済を回す」ということを考えるなら、“脱炭素”などと言わずに生きもの、つまり炭素化合物に眼を向けることが重要というところから話は始まりました。そして教科書を読み、改めて生きものは38億年もの間基本を変えずに、しかしその中でさまざまな工夫をしてきたことに眼を向けました。その工夫には、エポック・メイキングと呼ぶにふさわしいものがあり、なかでも“脱炭素”という言葉と関わりの深い光合成(シアノバクテリアの誕生)は、生きものの継続を支えるみごとな工夫であることに注目しました。ただし、光合成能がシアノバクテリアだけに止まっていたら、バクテリアの繁栄と継続にはなっても、今のような豊かな生態系は存在しなかったでしょう。もちろん私たち人間もいません。

実際には、次のみごとな工夫によって真核細胞が登場します。これを説明するには、生命誕生で生じた祖先細胞が細菌とアーキアという二種の細胞へと進化したことを語っておかなければなりません。アーキアは興味深い細胞で、身近なところにもいますが、濃い塩水、酸性の熱い温泉、空気がなく圧力の高い深海底、汚水処理場のヘドロ、南極の氷の下の湖など、通常生きものがいそうもないところで生きています。生命誕生からそれほど経たないうちにこの二種の細胞は生まれたでしょう。

アーキアは、柔軟な細胞膜と細胞の運動と捕食に必要な細胞骨格を持つ細菌より大型の細胞ですので、細菌をよく飲みこんだに違いありません。ある時、飲み込まれた酸素消費型でエネルギー生産に向いた細菌が消化されずに生き続けました。それがミトコンドリアになり、それに加えて光合成細菌をとり込んで葉緑体とする細胞も生まれます。真核細胞の登場であり、ミトコンドリアだけのものは動物細胞、葉緑体まで飲み込んだものは植物細胞です。

すべて教科書に書いてあることですが、脱炭素と言って一見自然に目を向けているようでありながら、再生可能エネルギー施設の大型化など、生きものを見ていない活動が気になっており改めての復習です。

基本は同じでありながら少し異なるアーキアと細菌の「共生」で全く新しい可能性をもつ真核細胞を生み出す。生きものに学び、技術や生き方に活かしていきたいところです。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶