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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2021.09.01

みどりの食料システム戦略

教科書に戻って、光合成などの基本をていねいに見てきた流れの中で、やっと人間のことを考えると言ったのですから、アフリカの森あたりから始まるのが当然です。それが突如、システム戦略とは何事か。そう聞きたくなるでしょう。

今日はたまたまこの話を聞いてしまったので、申し訳ありません。しかも、考えようと思っていたことと無関係ではないので、今回はこれで行かせて下さい。

5月12日に農水省が「みどりの食料システム戦略〜食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現〜」を策定・発表しました。これに眼を引かれたのは、やはり「みどり」です。田んぼも畑も森林もみどりがいっぱいで、工業とか都市とかいう言葉に対して農林水産はみどりに象徴されると思ってきました。でも改めて「みどり」とおっしゃるのですから、これまではあまり「みどり」を意識してはいなかったということになりますよね。

みどりそのものの森で生まれた人間(ヒト)は、環境変化の中で森を離れて暮らすようになりました。最初は狩猟採集生活をしましたが、1万年ほど前に農業革命が起き、他の生きものとはまったく異なる生き方をすることになりました。現在の私たちの生き方につながる歴史の始まりです。農業とは何か。これが今大事な問いであり、まさに「みどり」との関わりがそれを解く鍵です。

今回の「みどりの食料システム」誕生のきっかけは、新型コロナウイルスのパンデミックと異常気象を体験した後の暮らし方を考えたことです。SDGsというかけ声がかかる中、農業について考えたら、「みどり」が浮かんできたというのはよくわかる気もしますが、一方で、では今まで農業はどんな考え方でやっていたのですかと問うほかなくなります。

みどりの食料システム戦略の具体は:
1.農林水産省のCO2ゼロエミッション化の実現
2.化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減
3.化学肥料の使用量を30%低減
4.耕地面積に占める有機農業の取組面積を25%、100万haに拡大
5.2030年までに持続可能性に配慮した輸入原材料調達の実現
6.エリートツリー等を林業用苗木の9割以上に拡大
7.ニホンウナギ、クロマグロ等の養殖において人工種苗比率100%を実現 等
です。考え抜いた結果の項目だということはわかります。いじましいほどです。でも、これで本当に「みどり」だろうかとも思えます。現在からの出発が最も現実的であることは分かりますが、根本を考えることも大事でしょう。私たちは食べなければなりませんし、食べることは楽しみです。だからこそ、基本の基本から考えなければならないのだろうな。でも難しいな。改めて「みどり」という文字を見ながら考えています。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶