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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2021.10.15

変わりながら続くーまさに生きもの性を持つ匠を大切に

生命誌の基本を考えていると、いろいろなところから刺激がきます。

十六代楽吉左衛門さんから襲名記念展覧会の御挨拶状が送られてきました。生命誌を応援して下さってきた十五代が、2019年に直入になられ、ご子息が襲名されたのです(生命誌に関心を持って下さっています)。千利休の使う茶碗を作った長次郎から続いてきた長い伝統の中での襲名ですから重みがあります。御挨拶に、「意識の中心には長次郎がいてそれとどう対峙するかと考えている」とあります。そして先々代の「伝統とは踏襲ではない。己の時代を生き、己の作品を生み出さなければならない」という言葉を聞き、先代の「作家としても生きた大きすぎる背中」を見て育ったともありました。そういえば、この間雑誌に、代が変わる度に新しくするという「ちゃわんや」と書かれたのれんの前に立つ写真が載っていました。きりりとして決意が感じられる姿でした。

「変わりながら続く」というのはまさに生命誌が注目する生きることの基本ですから、このようにそれを具現化していく存在がある日本社会はすばらしいと思います。

先日「匠」を考える会で対談の機会をもちました。この会では先代の楽吉左衛門さん、小鼓の大倉源次郎さんなど「季刊生命誌」の対談に出ていただいた方も話しておられます。主催する元文化庁長官の近藤誠一さんは、匠は「我々の先祖が、自然と共に生きていた古の時代に芽生え、長い時を経て成熟し、いつしか日本人の心の神髄となった概念」だと言われます。楽家が匠にぴたりとあてはまることは誰もが認めるところです。対談をすることで、生命誌も自然と長い時間を考えている点でこの概念に合っていると確認できました。日本人とありますが、これは日本人だけということではありません。匠は、日本からの発信として世界で評価されているものです。「匠としての生命誌」には大いに意味があります。

このところ書いてきたコロナ禍の中の悩みから抜け出す一つの道として、匠を大切にしていこうと思います。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶