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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2021.12.15

来年はよい年にしましょう

今年も終わりですね。あっという間に過ぎたという言葉は年の終わりによく使いますが、今年は例年以上にそんな感じがします。コロナ、コロナと言っているうちに日が過ぎていったからでしょう。

生命誌を始めてから30年近くたちます。その活動の一つである「人間は生きもの」という視点での文明の見直しとして検討の対象にしてきたのは、科学革命(17世紀)、産業革命(18世紀後半)がつくってきた現代社会でした。ところが、気候変動や新型コロナウイルスパンデミックの中で考えているうちに、そもそも人類が人類として森を出たところから考え直さなければならないという問いが生まれてきました。歴史学者の中からも、農業革命こそ「過ち」の始まりだとの指摘が出てきています。Y.N.ハラリの「サピエンス全史」もそうですね。ここから権力者が生まれ、国が生まれるという歴史が始まったのであり、どう考えても問題は権力にあり、国という姿にあるとしか思えないことが日々起きていますから。アフガニスタンで草の根運動をしている人が、「ここは中央集権によって統括されてきた国ではありません。部族を中心とした地方の伝統的ガバナンスを積み重ねて、全体をゆるくまとめてきた社会です」と語っています。欧米は、中央集権的国づくりの推進が進歩であり、それを広めようとしているけれど、それが本当の幸せにつながるとは言えないというわけです。

さまざまな社会の作り方があると考えなければいけないというのですから、それを可能にするには森を出たところにまで戻って考えなければならないのでしょう。私が小さな体験から、新しい社会づくりは森や村からしか始まらないと思ったのは、それを現実味のある具体に求めてのことかなと思っています。

もう一つ、サカナに自己意識があり、心があるとしか思えないという実験を知って、これも基本を問われた気がしています。人間が決して特別な存在ではないということが次々と見えてくる中で、どう生きるかというのは難しい問題です。人間とは何であり、どう生きるのがよいのかという課題は、生命誌を始めた頃に比べてとても難しいものになってきました。
ゆっくり、身近なところから考える他ありませんが、権力とお金で動く社会は本来の人間の社会ではないことは確かです。そして、「私たち生きもの」に始まる「私たち」意識の大切さも確かです。生きものである人間の誰もが生き生きと暮らす社会に向けて、考え、活動する生命誌を確かなものにしていくことが大事と思っています。

佳いお年をお迎えくださいませ。そして来年を本当に良い年にしましょう。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶