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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2022.04.15

レオナルド・ダ・ヴィンチから始まる紹介

今、BRHの歴史をまとめているところです。生命誌、つまり生きものの歴史物語を読み解き、語ることが大事と言いながら、身近な事柄については歴史感覚に欠けているのが私の暮らし方です。いつも今のこと、これからのことで頭が一杯なうえ、物忘れは大の得意ですし、記録を残すのも得意ではありません。あの時こんな事を考えていたとか、あの頃はこんな事に夢中だったとかいう大きな流れは思い出しますが、事柄が起きた年月など数字はどこかに吹きとんでいます。そんなわけで、幸い秘書の石村さんが大まかにまとめておいてくれた資料を整理しながら少しづつ思い出しています。すると、すっかり忘れていたものに出会うことが少なくありません。

昨日もそのようなものが一つありました。SCIENCE・VOL258・6NOVEMBER1992のRANDOM SAMPLESのページにある「Putting Aesthetics Back into Biology」という記事です。内容は、
「レオナルド・ダ・ヴィンチの時代は、科学の探究と美の評価とは重なり合っていた。近年の科学は還元的になり、美とは無縁になっているという嘆きが聞かれる。ところで、そもそも飲茶や武術を茶道、武道という芸術に高める文化を持つ日本で、美と科学を合体させようという新しい試みが始まった。生命誌研究館である。館長である京都大学名誉教授岡田節人の下で、5人の研究者が発生生物学、進化生物学などの研究をし、その成果は館内で誰もが楽しめるような形で展示する。副館長の中村桂子は、先端研究は常に社会の中にあるとしている。

研究館では、生物研究者が鋭い美的感覚を備えていることを求めている。中村は、身近な生きものを対象にして得られた成果を美しく表現すれば、誰もが楽しめると信じており、いわゆるモデル生物を対象とせず、チョウなどの研究を行う。細胞のプログラム死によってチョウの翅ができ上がっていくプロセスを知れば、プログラム死という生物学的現象を人々は美しさと結び付けて受け止められると語る中村の言葉に耳を傾けよう」

まったく忘れていましたが、まさにこれからBRHを始めようとしている時の気持ちをみごとに紹介してくれています。節人先生の親友である、発生生物学者J.D.EbertやS.F.Gilbertから「読んだよ。よかった。」という反応があり嬉しかったことを思い出しました。そうか、ダ・ヴィンチかなどと思うと、またとんでもないことを考え始めそうですから、ここは靜かにこんなことがありましたという報告に止めます。30年後の今、この感覚は更に大事になっていると思っていることをお伝えして。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶