1. トップ
  2. 語り合う
  3. 研究館より
  4. わたしたちの「卵」の時間

研究館より

表現スタッフ日記

2022.06.15

わたしたちの「卵」の時間

季刊「生命誌」109号「生きものの時間」第2回「生まれるまでの時間」を本日WEBで発行しました。さまざまな角度から生きものらしい時間を実感する号に仕上がりました。

Talkでは「超ひも理論」の橋本幸士先生と永田和宏館長の掛け合いから、宇宙からみた時間と生きものから見た時間の意外なつながりが浮かび上がりました。何億年という宇宙や地球の大きな時間スケールを考えられる力は人間の特徴の一つ。一方で、寿命をもつ個体としての時間を意識することも、日常の中では大切かもしれません。

ローマ時代のある皇帝は「あたかも一万年も生きるかのように行動するな。不可避のものが君の上にかかっている。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ」(*)という言葉を自分に向けて記したそうです。人間は想像力が豊かな反面、個体としての自らの時間に限りがあること、その間をどう生きるか考え続けなくてはならないことを、何かと忘れがちなのでしょう。

時間の流れは移動速度などで変化するといわれますが、主観的に感じる時間も伸び縮みする気がするのはなぜでしょう。私は時々、時間が止まったような経験をします。「この表現を求めていたんだ」というものに出会えた瞬間や、「これを伝えるために作ってきたんだ」と気づく瞬間はわずか数秒。矛盾するようですが、私のもてる時間の大半は、時が止まるこの一瞬を求めることに費やされているように思います。

私たちが個体としての寿命を終えたらどうなるのかは、誰にもわかりません。同じく、私たちが生まれる前にどんな時間を過ごしていたのか、最初から覚えている人はいないでしょう。Research&Perspectiveのコーナーでは多細胞動物の「生まれる前の時間」を伺い知る研究を紹介しています。

マウスハエの発生過程の研究からは、まだ個体らしい形も見えない細胞の集まりが、行ったり来たり「試行錯誤」しながら形をつくるようすを紹介します。何とか形をつくろうとする細胞たちの挑戦が見えてくるようです。また多くの生きものに備わる「体内時計」が、胎児の中でいつ動き出すのかについての研究も紹介します。生まれる前の胎児には、実はもう一つの時計があり、体内時計と深く関係しているようです。

発生は、分析の上では多数の細胞の集まりとして、またはDNAやたんぱく質など分子の化学反応の連続として捕らえれますが、それ以上に、個体として存在しようとする止めようのない力があるように感じてしまいます。物理的にはどんなに小さくて弱くても、自ら生まれてこようとするものほど強いものがあるだろうか。どんな人も生きものも、例外なくその強さをもっているのです。個体として生まれるということは、細胞がつくり上げた形の続きを生きることであり、生まれてからの世界に何を見出すのかは、君たちの新たな挑戦なのだよと胚に言われている気がしました。

季刊「生命誌」109号、まずはWEBでお楽しみください!(カード版は7月上旬〜中旬のお届けです。)

*『自省録』マルクス・アウレーリウス著 神谷美恵子訳 岩波文庫