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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2022.08.12

77年前にお腹を空かしていた子どもが考えること

8月6日、9日、15日。77年前は9歳でしたので、直接戦争に参加することはありませんでした。家は空襲で焼け、写真や本やレコードなどが全部消えてしまった悲しさは今も心の奥の方に残っていますけれど、お父様が戦死なさったり家族が原爆で亡くなったお友達が近くにいましたから、そんなことは悲しさの中には入らないと思ってきました。そのような体験の中で身に沁みついているのは、やはり“食べものがない”という毎日でしょう。具体的には“お米がない”のです。戦地の兵隊さんがきちんと食事をして戦えるように、お国のために我慢しなさいと言われて、食卓にのるのはさつま芋でした。それも、今焼き芋にして食べる甘いホクホクのお芋ではなく、白くて水っぽいのでした。

戦後になって戦地で亡くなったのは餓死が多かったと聞き、兵隊さんもまともな食事をしていなかったことを知ったときの複雑な気持ちを今も覚えています。戦後の日本はグルメなどという贅沢な国になりましたが、食べものの基本がしっかりしていないという点では同じだという気がします。浮ついており根っこが危ない感じです。

そして今、ロシアのウクライナ侵攻が世界の食べもの事情を厳しくしています。先回、日本の原産作物のことを書きましたが、なんだかメチャメチャになっている今の社会を立て直す道は、「食べもののことをきちんと考えること」だと強く思っているからです。華やかな輸入食品などという話ではなく、農から食への道を「人間は生きもの」という生命誌の基本に忠実に進めたい。地域の力を活かした暮らしの根としての食べものづくりです。世界的にもアグロエコロジーという動きが出ており、ヨーロッパ、南米、アフリカなどそれぞれに努力が見られます。もちろん簡単な話ではありませんが。

お腹を空かして悲しい思いをする子どもはどこにもいない地球をめざして、食べもののことを考えることが社会を変える一つの道ではないかと思っています。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶