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研究館より

表現スタッフ日記

2023.02.01

「赤の女王」に背中を押され

赤の女王仮説は、ルイス・キャロルの童話「鏡の国のアリス」に登場するチェスのコマの赤の女王の言葉「ひとところに留まっていたければ、全力で駆けなければならない」から想を得た進化についての考えです。生きものは、環境や他の生きものとの関わりの中で生きています。絶えず変化することで、捕食や感染症から逃れる一方、捕食者や寄生者も変化し、競争のうちに進化するという解釈です。
例えば、ウイルスと免疫の関わりもそのひとつ。ワクチンは、予めそのウイルスを標的とした抗体をつくる免疫細胞を活性化して、先手を打つ作戦です。しかし、敵もさるもの、変異株が次々に現れるのは、新型コロナウイルスで経験したとおりです。そこで、変異株に合わせたワクチンが次の一手となりますが、実は変化に免疫が追いついていないという報告もあります。いつまで駆ければよいのか、人類の知恵にもかかっています。
また、真核生物の有性生殖の意味も「赤の女王」で説明されています。サイエンティストライブラリーで矢原徹一先生が語っておられますが、有性生殖で、雌雄の生殖細胞に由来する半数ずつのゲノムから親と異なる子供が生まれ、集団の多様性を維持することで、病気に打ち勝つ可能性が高くなるのです。同じものを生み出す無性生殖に比べて、多様な集団ほど強いことを意味しますが、もちろん中には弱いものも含まれるということです。
さて、JT生命誌研究館は、今年30周年を迎えます。世界に1つの生命誌を実現する研究館であるためには、いつも全力疾走です。技術が発達し、研究のスピードが上がり、論文も増えていますので、毎度同じように見えても、何倍もリサーチしなくては追いつきません。でも、研究館も30歳、「三十而立(三十にして立つ)」の言葉のように「ひとところに留まる」のではなく、これまで積み上げてきたものをさらに進める時にしたいものです。
赤の女王は続けます。「どこかに行きたいなら、少なくとも2倍の速さで走らないと!」…急ぐのは苦手なので、まずは行く手を見据えます。

平川美夏 (全館活動チーフ)

表現を通して生きものを考えるセクター