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研究館より

表現スタッフ日記

2023.08.01

一冊の本から

地方で植物たちに囲まれて成長し、中学生の頃には、理科の先生が教科書を閉じて「今日は構内の木や草花をできるだけ多種類集めてみよう」という日もある暮らしでした。その中で、名前の知らないものの方が多い時、野草を食べられる方々は、50種くらいの名前を知ることで食べられる草を判断されると聞きました。田畑や畦道は、人が耕して特定の草が蔓延するのを防ぐので、結果的に競争に弱い多くの草花に生きる場が与えられて種類が豊かになるのだと教わりました。

子育て中に、リスやウサギを飼って家周りで草花と過ごした時期に、名前を知ろうと植物好きの父の書棚で「植物の生活誌」という一冊の本をみつけました。植物に関する研究者の方々(植物分類学の方を中心に、生態学、植物生理学、花粉学、土壌微生物が、菌根学、樹木学、蘚苔植物の分類と生態、低温生物学、造林学、帰化植物、果樹農園芸学、草地学、作物学、熱帯植物学、経済学など)が身近な野生、人里、栽培植物たちなどから選ばれた花や草の暮らしざま、生活の歴史、進化の物語などを科学的な視点を交えながら語られています。研究者らしい詳細な花や実のスケッチや世界での分布図、まつたけの自然状態におけるコロニーと小社会の記録、マリモの生成図など魅力いっぱいの内容でした。ほとんどなじみのある植物でしたが、“植物とほかの生物“という項で初めて「イヌビワ」を知りました。イヌビワの実とイヌビワコバチの手書きのスケッチを入れたものでした。その後BRHのサマースクールでイヌビワとイヌビワコバチの関係を教えて頂き、食草園では実際に触ったり、落ちた実を開けて見られるようになりました。来館者の方々の中には”初めて見ました”派の方から“幼い頃に食べましたよ”と話して下さる方、コバチが送粉を助けているのですか!と感動される方と色々で、盛り上がります。

時々この本をめくりながら、植物と関係の深い知人たちの話を思い出します。そのひとつが毎年出来立ての新茶を贈って下さる、静岡で茶園を営んでおられる方のお話です。良質なお茶を作るために、冬の間に山の草を刈って茶園に敷くそうです。陽の当たる場所を好む雑草が維持され、様々な野草が生える草地になり豊かな生物多様性が守られるようです。こうして適度な草刈りが行われて、人間と深く関わってきた長い歴史があって、日本のおいしいお茶ができるのでしょうと頷きました。

2つ目は40歳近くまで微生物利用の研究をされていた知人のお話で、植物研究へ転向されてから、植物を使って太陽エネルギーから工業原料を作る技術開発をしようとプロジェクトを立ち上げられました。植物を中心にした持続可能な社会を実現できれば、石油や石炭などの限りある化石資源エネルギーから脱却できるかもしれない、太陽エネルギーを固定化してくれる植物のバイオマス(生物資源)を将来の資源・エネルギーの中心に切り替えて行きたいと動き出されました。植物の生産性を上げるためにこれまでの育種(遺伝的に強くして、食物の成長をよくすること)に頼っていたのでは間に合わないのです。なぜなら、例えばミニトマトより小さくて甘みもなかったアンデスの原品種が「桃太郎」など大きくておいしいトマトになるのには1,000年もかかるのです。そこでこれからは遺伝子組み換えの技術を利用していきたいのだが、まだ不信感が根強く受け入れられにくいと悩みを抱えているそうでした。2050年を目標に海外での経験を足場に頑張っておられましたが、志半ばで急逝されました。後進の方々のご活躍を見守る日々です。

渡邊喜美子 (館内案内スタッフ)

表現を通して生きものを考えるセクター