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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2023.10.04

もう少し危機意識を持たなければいけないのではないかと

岩手県のお友達が、毎年名前入りのリンゴを送って下さるのを楽しみにしてきました。青い時に書いておくと、熟れた実の赤い肌に緑の文字が浮かび上がってくるのです。夏の間、牧場の近くにあるリンゴ園でお日さまを浴び、風に吹かれ、時に馬のいななきを聞きながら描き出されてきた「桂子」という文字付のリンゴは格別の味です。

今年も送られてきました。大急ぎで箱を開けました。なんだか色がおかしい、輝きが違うと思いながらも、いつもの味を期待して一口齧り、うーんと考え込みました。味が薄いのです。しゃきしゃき感もありません。

たまたま翌朝の新聞に、「実りの秋異変」という見出しを見つけました。リンゴとブドウがおかしいとありました。最高気温30度以上の日が続くとリンゴは日焼けが発生、それに水不足が加わると異常成熟をするとあります。多くが落ちてしまうとか。

何ということでしょう。一年間大事に育ててきたのに、リンゴだって美味しくなろうと頑張ってきただろうに。お友達もリンゴもどれだけ悔しかったろうと思うと涙がでます。新聞には、弘前市の今年8月の最高気温は34、0度で、平年より5、2度も高かったとありました。雨は、平年の5分の1以下とか。どうにもならないよというリンゴの悲鳴が聞こえてきます。専門家は「気候に合った品種にするか、他の樹種にするか」と指摘しています。確かにその通りでしょうが、収穫できるまでにかかる時間を考えると、ため息が出ます。

お友達に電話をしました。「あなただったら分かってくれると思って送ったの」。いつもの張りのある声ではありません。こんなところでありきたりの慰めの言葉は言えません。

食べ物について、かなりの危機意識を持たなければいけない状況になっているように思います。農家の問題だと他人事のように考えたら間違いです。生命誌のテーマとして、食べ物づくりは大きな問題です。できることは小さいけれど、考え、発信はしていこうと改めて思いました。

リンゴはハチミツとレモン味で少し煮込み、パイにして美味しくいただきました。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶