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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2023.12.15

「生きものとしての○○」を考えた30周年

2023年も終わります。今年は研究館の創立30周年という節目であると同時に、「生命誌」という知の持つ意味を心の奥底から実感した年でした。多くの方が、「生命誌」を今求められている知として認識し、それぞれの活動や行動に活かして下さる動きが、沖から押し寄せる波のようにこちらに向かってきたのです。それを受け止めるのはなかなか大変でもありましたが本当に楽しいことでした。

科学技術で便利さを求め、金融資本主義によるお金で社会を動かし、新自由主義での野放図な競争によって格差をつけ、その中で権力を振り回す人が勝手なことをしてきたこの30年は、人間本来の生き方ではなかったと気付き、もっと人間らしい生き方を求める方たちが生命誌の方を向いて下さったのだと思います。

ついこの間まで嫌になるほど聞かされたグローバルという言葉は消え、最近聞くのは分断です。私は「グローバル」という言葉を使いませんでした。生命誌は本来グローバル、これは地球という意味です。私たちは地球という星で生きる生きものだ。これが生命誌の基本ですから。でも、今まで使われていたグローバルは、お金の支配する社会で力を持った一握りの人が一律の世界を作ろうとするという意味でした。その結果はむしろ分断社会を生み、そうなったらグローバルなどという言葉は捨て、分断の中でお金を動かし権力を握る算段をしているのです。残念ながら研究者もこの中で動いてきました。

20世紀の最後の10年は、ベルリンの壁が消え、これからは一人一人が思い切り生きられる社会へ向けて仕事ができると思っていました。そこで始めた研究館ですが、社会はそれとは違う道を進みました。なんだかおかしいと思い、少し違う道を探してきた30年です。ロシアのウクライナ侵攻によって、主流とされているのは人類の未来を危うくする道ではないかという疑問が大きくなりました。そこで心ある方たちが、「人間は生きもの」という視点から地球を意識し、科学や科学技術を本来の姿に戻し、一人一人が考えながら生きる社会の基盤を考えてきた「生命誌30年」の積み重ねに目を向けて下さるようになった。そう感じています。

「生きものとしての○○」です。まず教育です。子どもたちを生きものとして見ていこう。こどもたちに自分が生きものであると気付かせよう。こんな先生方と話し合う機会がたくさんありました。面白いのが土木です。山を崩したり、コンクリートで高層ビルを建てたりするのが本当の街づくりだろうか。そもそも土木という言葉は土と木。そこで有機土木という言葉が提案されました。有機農業もありますから対としていいですね。生きものとしての教育、生きものとしての土木、生きものとしての農業、生きものとしてのエネルギー・・・。この流れは来年に続き、生きものとしての経済、生きものとしての政治へと広がることを期待しています。

オサムシ、イチジクコバチ、クモ、チョウ、イモリなどなどの生きものが語ってくれる物語を、私たち人間の明るい未来につなげるのが「生命誌研究館」の役割です。そのためには研究館は、生きものである館員一人一人が考えて活動するフラットでオープンな場であるという本質を忘れないことが大事です。権力や管理とは無関係でありながら秩序ある存在が生きものなのですから。「生きものとしての生命誌研究館」でなければ研究館の存在価値はありません。来年は、本来の姿が今年以上に求められるに違いありませんので、心を引き締めなければなりません。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶