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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.02.01

生命誌の中の人間について少し丁寧に考える

「生命誌の中の人間」としてはどんな暮らし方をし、どんな社会を創っていくのかを考えるのが今年のテーマだと書きました。

そこでいきなり、能登での地震・津波という大きな災害で始まり、断水・停電の中での暮らしを強いられる被災者の困難という難問に出会いました。その中で、トイレ問題が大きく浮かび上がってきました。今必要なのは緊急の対応であることはもちろんです。でも、ここはあくまでも生命誌のテーマを考える場として、大型下水を設備し、水洗トイレで大量の水を使ってし尿を遠くへ追いやることを進歩とし、文化的としてきた現代文明の問題点を考えたのです。

これを機会に、下水道について少し学んでみますと、1970年代には下水処理人口が8%、現在は80%とありますので、今の暮らし方はこの50年でできたものなのだと改めて思いました。本当に短い時間です。太平洋戦争後のGHQの資料に、「一番衝撃を受けたのはし尿を肥料として使っていることだ」とあるとのことです。もちろん、衛生上の問題は大きく、その解決は必要ですが、有機物を有機物として利用するという、自然の循環には合っています。それを大事にしながら、なお衛生上の問題を解決するという方向は、当時の選択にはなかったわけです。遅れた国を文化的にしようと下水道普及の方向に行ったのは当然かもしれません。でも、1970年代で8%ですから、日本人には有機から有機へという意識(無意識かもしれません)が根強くあったのではないでしょうか。

「生命誌の中の人間」の生き方は、「有機物は有機物として扱う」が原則です。実は、下水処理には大量の電力エネルギーが使われています。処理後に残る汚泥は焼却され、二酸化炭素はもちろん一酸化窒素などの温暖化ガスが出ることが今問題になっています。そこで、汚泥の発酵で発生したメタンガスでの発電の動きが出ているとありますが、まだ主流ではないようです。「生命誌の中の人間」の生き方の原則第二は、「エネルギーをなるべく使わない方法を探す」です。

生命科学が急速に進展している21世紀です。し尿処理という課題に、新しい取り組み方があるはずです。先回は、一足飛びにバイオトイレに行きましたので、分かりにくくなり、ご意見と言われても困るとお思いになったでしょう。生きものとして生きる社会を創るには、基本から考えなければなりません。一人一人が、日常と関わる社会の基本を、本当にこれしかないのだろうかと問い直していくことが大事だと思っています。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶