1. トップ
  2. 語り合う
  3. 研究館より
  4. 「ちょっと理屈っぽい一言」になりますが

研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.02.15

「ちょっと理屈っぽい一言」になりますが

去年は「私たち生きものの中の私」として生きることをテーマに本を書きました(まだ、本の形になっていませんが)。ここから浮かび上がってきたのが、ヒトという生きものが人間として他の生きものたちとは別の道を歩き始めた「農業革命」から考え直す必要があるということでした。

これって、今だからできることであり、今やらなければいけないことなのです。科学による自然の理解は物理学から始まり、どれを基にした工学が、これまでの進歩を支えてきました。これは、とても分かりやすい、すっきりした世界でした。自動車、新幹線、ジェット機、コンピュータ、様々な家庭用品。化学も物理学の仲間です。元素は周期表に従って予測通りの性質を示し、反応を進めてくれます。様々な物質が、衣や住を豊かにしてくれました。エネルギーや資源のことなどお構いなしの豊かさです。もっとも、これはたかだかこの百年のことです。ここに挙げたものはもちろん、身の回りのほとんどのものが、私が子どもの頃にはありませんでした。ホモサピエンスとしては20万年、文明に向けて歩き始めてからどんなに長く見ても1万年の中の100年なのに、この生活だけを人間らしい生活と決めつけるのはおかしいと思うのです。

ところで、生きもののこと、生きものとしての人間のこと、地球のことが、物理学と同じレベルの科学で考えられるようになったのはつい最近のことです。物理学と化学の教科書は、私が生徒だった時と変わりませんが、生物学と地学は全く違います。この半世紀で大きく変わりました。しかも、物理・化学の場合、科学を知ると世界が分かり、その知識を活かして新しいことができる、それをどんどん進めていくのがやるべきことだとされました。でも、生物学と地学は違います。基本はわかってきたのだけれど、その結果、地球も生きものもとても複雑で、一筋縄ではいかないことが見えてきたのです。因みに、プレートテクトニクスは地球にしか知られていませんし、生きものも地球にしかいません。

今年は、元旦に地球という星の複雑さを思い知らされ、そこでどう生きるかを真剣に考えなければいけないと考え込みました。今一番大事なのは、被災地に、一日も早く日常を取り戻すことですが、これからを考えると、生きものと地球の複雑さに向き合う社会をつくる決心をしなければいけない時がきたのではないかと思います。とくに科学者は。

年の始めにトイレの話になったのは、基本から考え直そうという気持ちからでした。生きものと地球に真剣に向き合って、この星での暮らし方を考えようと思ったら、「農業革命」からの見直しになったものですから。

「ちょっと一言」が「ちょっと理屈っぽい一言」になってしまい、息抜きに読むエッセイとは程遠くなりますがお許しください。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶