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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.04.01

プラスチックは炭素化合物

「脱炭素」は、自然から離れて人工の世界で暮らすことを進歩として高く評価する人々が使う言葉であって、生きものへのまなざしが感じられません。更に、生きものが持っている長い時間や地球全体への関心も感じられないものですから、この言葉を聞くと落ち着かないのです。私たち生きものは炭素化合物であり、炭素が多様性を生み出す性質をもっているからこそ生きものが生まれたのですから、これからは「炭素に注目」でなければならないはずです。

そこで先回、「炭素化合物すごいぞ」と書きました。実はこれには註が必要です。家の中を見回したら必ず存在し、今の私たちの生活を支えている物質である合成樹脂(プラスチック)や合成繊維、合成ゴムなども、実は炭素化合物(分子量一万以上の高分子)です。これらの原料は石油であり、それは生物の死骸が海底や湖底に堆積、化石化(ケロジェン)し、それが地熱と地圧の影響を受けてできた炭化水素であり、岩石の隙間に溜まった形で存在しているのです。それは数億年という時間をかけて生まれたものです。つまりそこにある炭素は、地上での循環から外れて長い間地下に蓄積してきた特殊な存在なのです。

石油だけでなく、それ以前に発見され利用されてきた石炭のことも考えなければなりません。石炭は、完全に腐敗分解する前の植物が地中に埋もれ、地熱と地圧によって生まれたものであり、これも地表での循環から外れて数億年かけて生じた炭素です。産業革命以降、主要エネルギーとして使われたのが石炭でした。第一次から第二次世界大戦にかけて石油採掘が進み、主要エネルギーは石油となりました。こうして、石炭・石油が現代社会の発展を支えてきたと言ってよいでしょう。これらは共に、太古の生き物として存在した炭素化合物なのですが、大量生産、大量消費の時代はまずこれらを燃料として用い、直接二酸化炭素にしてしまいました。地上での循環のことなど考えもしない使い方です。更に石油は先述したようにプラスチック類として大量に利用され、これも循環の外で、今や海のマイクロプラスチック汚染という問題まで起こしています。「脱炭素」という言葉を循環に入らない炭素を少なくしようという意味で使うなら、石炭・石油という数億年という単位でできた生きもの由来の炭素化合物を短期間で二酸化炭素にするという行為を、根本から見直す必要があります。自然界が生み出してくれたすばらしい恵みですから、活用するのはよしとしても、炭素の循環という本来の姿を知ったうえでどのように使うのが賢いかを考える必要があります。

たったの200年で使い尽くすものではないことは当然です。プラスチックにしても、適量を生産し循環の中へどのように入れるかを考えて利用するのが本筋です。地球の歴史、人類の歴史の中に石炭・石油・天然ガスを位置づけて、人類がこれからも存続して行くには、炭素とどのようにつき合うかを考えることが今求められているのです。

脱炭素と言う言葉からは、建設的な発想は生まれません。炭素循環をいかに活かすか。サピエンスの賢さはそこで発揮されるものでしょう。


付録:今日、プーチンさんが「昨今の地球の様子を見ると、戦争などやっている時ではないとは思っている。生命誌の考え方はなかなかよいと思うので勉強したい」と語ったそうです。(2024年4月1日)

※今回の付録のところを読んだ担当者が、2022年のエイプリルフールを思い出して今年の方が厳しいと指摘してくれました。2年前はこんなだったのです。
「付録:今日、世界中のリーダーが武器のために使ってきたお金を子どもたちの食事と本とスポーツ用具と楽器と……とにかくすべての子どもが楽しい日々を送るために使うことに決めたそうです。(2022年4月1日)」
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶