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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.12.03

「人間は生きもの」という言葉の内容は日々豊かに

先日、久しぶりに旧友の一人である大原謙一郎さんに会いました。「地球システム・倫理学会」という、地球規模での問題山積の中、これからの生き方を考えようという人々の集まりの席でした。

そこで大原さんが思いがけず、今から50年近く前に御自分の会社でバイオテクノロジーを始めようとして、私に相談した時のことを話し始めました。「生きものに向き合う時は、人間も生きものだということを忘れずに。他の生きものたちを上から見て扱うのはダメ」と言われたことを今も忘れないとおっしゃるのです。「えっ。そんな昔からなの」と同席の方たちが驚きの声を上げられました。私は、それほどはっきりとは覚えていないのですが、「生命科学」を始めた時であり、組換えDNA技術が生まれたばかりの時期でしたから、そのようなことを言っただろうなとは思います。その日集まりでも、私の立ち位置は「人間は生きもの」というものでしたので、50年もの間、飽きもせず同じことを言っているということになります。

ただこの何とも単純な言葉の中に含まれる内容は、日々進展してきた生命科学などの研究によってどんどん新しくなってきた50年なのです。その間、私なりに勉強し、「人間は生きもの」という言葉の意味が深くなっていくのを楽しんできました。大原さんと話をしていた頃は、やっとDNAを研究室で扱えるようになったばかりで、細かいことは何も分かっていませんでした。それだけに研究者たちも、DNAで何でも決まり、何でもできると思っていたようなところがありました。その後、ゲノム解析まで行われるようになり、そんな簡単なものではないことが分かってきたのです。DNAという言葉を使った時に、今私の頭の中に浮かぶ事柄は、とても多様で複雑です。生きものっぽくなったとも言えます。

DNAだけでなく、生きものという言葉や人間という言葉も、そこに含まれる意味はどんどん変わっていくので、それを伝えるのが本当に難しいと感じています。ただ、いずれにしても「人間は生きもの」ということを基本に社会を考えていくことの大切さは変わらない。その気持ちはますます強くなっています。それなのに社会は、ますますそこからはずれた方向へと動いています。どうなるのでしょう。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶