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研究館より

表現スタッフ日記

2025.08.01

生命誌が息づく社会へ

生命誌研究館の展示ガイドスタッフの一員となり、2年半が経ちました。元々生命誌のファンの一人でしたが、スタッフとして活動する中で、ますますその魅力にはまり、よりじっくりと向き合うようになった自分がいます。
 
私が生命誌に出会ったのは、高校時代です。生物の科目の勉強の参考になれば、と思って何気なく観たテレビ番組の中村桂子名誉館長の講義で、明らかに自分の中の何かが変わるのを感じました。今ここに生きているふしぎへの感動とともに、生きものを見つめ探究することが自分を知ることにもつながるのか、と新鮮な驚きをおぼえたことを思い出します。多感な時期、自分って何?という問いを静かに受け容れてくれる生命誌に強く惹かれたのです。
 
それ以来、その時の感覚を心の中に大事に持ちながら過ごしてきましたが、これまでの私にとって、生命誌とは、自分個人のためのものであり、社会とのつながりというところまでは、あまり視野が広がっていなかったように思います。しかし、ガイドスタッフとして生命誌をもう一度見つめ直し、語るようになった今、中村名誉館長がなぜ生命誌を提唱し、世の中に発信されているのかということに思いを巡らせるようになり、遅まきながら、生命誌が社会の中に息づき、つながっていくイメージをとらえるようになりました。
 
そのことに日々気づきを与えてくれるのが、「生命誌絵巻」です。バクテリアも菌類も植物も動物も、地球上のすべての生きものは、それぞれ姿形、生き方が異なる多様な存在であるけれども、そのすべてがDNAを持っているという共通性があり、皆およそ40億年前の祖先細胞から始まった仲間であること。どの生きものにもそれぞれの歴史物語があり、それぞれらしい生き方で今まで続いてきて、そこには優劣はないこと。人間もまた自然の生きものの一員で、絵巻の中で40億年の歴史を他の生きものたちと共有していること。「生命誌絵巻」では、生きものの歴史と関係が美しく、かつ明確に描かれていますが、それだけにとどまらず、その表現からは、私たちの生き方や、社会のあり方の基本となる世界観が感じとられます。誰もが仲間で、つながりのなかにいる、そして多様なものがそれぞれの特性を生かし合いながらともに存在している社会の姿がそこからみえてくるのです。
 
ある来館者の方が、展示ガイドの終わりに、「すべての生きものは皆仲間というお話を聞いていて、私たち人間同士で争っている場合ではないと心から感じました。」とおっしゃいました。この方は「生命誌絵巻」を通して、生命誌の視点から世界平和や地球環境への思いを改めて実感されたようでした。また、ある方は、「自分も自然のつながりの中にいることを忘れてはいけませんね。」と人間も自然の生きものの一員であることを再認識されていました。これらはほんの一例ですが、来館者の皆様と語り合っていると、生命誌に触れてその世界観に共感し、自分自身の生き方や、社会のあり方へと考えを深めていかれる方がたくさんいらっしゃることに気づかされます。そのような姿に出会って、一人、また一人と、生命誌を基本とする社会への共感の輪が確実に広がっていることを確信するようになりました。
 
最近、社会を変える大きな原動力となるのは、結局のところ、外からの規制や強制ではなく、一人一人から湧き上がる内なる意志とそれらの共感なのではないかと考えています。小さな積み重ねですが、一人一人に生命誌が届き、共感の輪が広がることで、自ずとその世界観が皆の常識となり、行動につながり、やがて大きな力となって社会を動かし、未来を照らしていくものになる、そう本気で思います。

生命誌が息づく社会へ。今の私にできることは、来館してくださった皆様に生命誌の世界観を十分に感じていただけるようなご案内につとめることです。まだまだ未熟ですが、志は高く、生命誌を語り届けるガイドという大事な役目を担えることに感謝し、精進していきたいと思います。

太田見恵 (館内案内スタッフ)

表現を通して生きものを考えるセクター