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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2025.12.16

忙しいとは言いたくないのですけれど-絵巻の活躍で

忙しいという字は「心を亡くす」と書きます。どなたがおつくりになったのかは存じませんが、まさにその通りですね。コンピュータの時代ですから、とにかく速いことが求められ、今や「加速主義」なのだそうです。確かにコンピュータの前にいると、反応がちょっと遅れるとイラっとしている自分に気づきます。この世界にいると、数千分の1秒、時に数万秒の1秒が問題になるようですね。

これは「生きものとしての時間」とはかけ離れていて、そのために皆が追われるような気分で動いているのではないでしょうか。忙しいのです。

生きものには、生きものとしての時間があるので、それとはずれた時間が流れると、「心が亡くなる」、つまり心が壊れるのでしょう。最近の社会を見ていると、まさに「人間が壊れていく」と感じることがよくあります。

それは私の感じだけではないようだと思うのは、今年を振り返って、「生命誌への関心が高まった」という実感があるからです。具体的には「生命誌絵巻」が大活躍しました。

「生命誌」について、単に知識としてそういうことがあるのですねという受け止め方でなく、これをご自身の考え方や生き方の基本にしようとおっしゃる方がたくさんいらっしゃいました。その場合、これまでも自然に関心があり、社会を変えなければいけないと思ってきたけれど、よりどころに欠けていた。生命誌を取り入れると納得して生きていけるという方たちがあります。これまでもいて下さった仲間ですが、今年はそれが広がりました。
とこれで今年の特徴は、これまでは経済を成長させること、そのために科学技術を開発することが最も重要と考え、「生命誌」とは遠かった方たちの中に、「生命誌絵巻」が何かを変えるきっかけになりそうだという関心が高まっていると感じさせる動きです。

気候変動、その結果起こる数々の災害、その中での戦争という現状に疑問を持ち、変化を求める気持ちが多くの方の中に生まれているのでしょう。何かが変わりつつあります。そこで、「生命誌」を基本に置く「生きものとしての土木、農業、教育」という活動が着実に進みました。小さな活動ですが、どれも未来を感じさせる動きになっています。とても楽しみです。

こんな風でしたので、今年を振り返ると、“なんだか忙しかった”という感想になります。“忙しいという言葉は使いたくない”と思ってきましたし、今もそう思っていますのに。そろそろのんびり暮らしたいと思う気持ちがあるからかもしれません。生きものの時間に目を向けましょうという指摘への関心が高まったために、忙しいというのも矛盾かな……生きものは矛盾の塊なのだから、仕方がないか。

何はともあれ、「生命誌」に関心をもって下さる方が増え、暮らしやすい社会への道が開かれると嬉しいので、これからも考え続けたいと思っています。

91歳の助産婦さんが、陣痛で苦しんでいる妊婦さんに寄り添い、「生命誌絵巻」を見せながら、今赤ちゃんは長い時間とたくさんの生きものたちという歴史の中で新しい世界へ出ようとしているのだから、今はとても大事な時ということを静かに語っている映像を見て、息をのみました。なんと素晴しい。

今年はこのような一年でした。来年はもっと「絵巻」に活躍してもらわなければと思っています。皆さまにとって今年はどんな年でしたでしょうか。よいお年をお迎え下さいませ。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶