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研究館より

ラボ日記

2021.12.01

ディスカッションと、なんでやねんと、Whyと

前回、ラボ日記を書かせていただいてから早くも4ヶ月が経過しました。大阪に住み始めて6ヶ月が経過して気づいたことがありましたので、今日はその内容をシェアさせていただきます。

中央大学からJT生命誌研究館に派遣研究員として受け入れて頂き、一緒にさせて頂いている研究の内容がまとまって参りましたので論文を執筆している最中です。研究テーマを設定する際、実験を始める前、実験結果が出た後、論文を書き始める前、論文を書きながら等々、さまざまな段階で我々研究者は日々ディスカッションをします。ディスカッションをして色々と考えることで新たなアイデアが生み出されたり、気づいていなかった事に気がついたりします。肩肘を張ったガチガチなものでなく、ふと雑談の延長線上で突然ディスカッションになったりもします。何かを生み出そうとディスカッションをすることもありますが、自身の研究内容や妄想した内容をラボメンバーや他の研究室の方や学生さんに単純にお話を聞いてもらうこともあります。そうした説明している時に「なんか説明しにくい」と感じることがあって、そこが自分の理解が足りていないことだったり、その違和感が新しい発見につながったりします。そのような感じでディスカッションする機会は多いのですが、ディスカッションはコミュニケーションなので、キャッチボールのように相手からの返球を待ちます。それは、すごく的確な内容であればそれはそれで素晴らしいのだけれども、そうでない球であることがたいがいです。しかし、時にバシッと良いアイデアにつながることもあります。また、相手にボールを返す時も1球ごとに返すのか、100球全部受けてから100球返すのか人によって様々です。

また、「言語」と「文化」もディスカッションに非常に大きな影響を与えていると思います。JT生命誌研究館に来てから関西出身の方とディスカッションする機会が多いのですが、非関西圏の方とディスカッションしている場合よりも「なんで?」と言われる機会が多いと感じています。もちろん、全てのケースがそうではないですし、私の周りの話なので勘違いである可能性もあるのですが、そう感じています。それはなぜか?と考えた時に「なんでやねん」の関西弁の文化が関係しているのではないかと勝手に考えています。日常生活で街に出た時やラジオを聞いていると「なんでですか?」と聞いている場面や、理由を説明したり・求めている場面を多く目にします。似たような経験はアメリカ研究留学時代にも感じました。とにかく何か自分の意見をいうと「why?」と聞き返されました。アメリカ歴史の授業では単純にいつ何が起きたかということを教えるのではなく、なぜそのようなことが起きたのかと理由をつけて学ぶそうです。とにかく、理由を知りたい、わからなければ聞きたいと言う文化だと感じていました。そういえば「Why ジャパニーズピーポー」というフレーズで人気になったお笑い芸人の方もいましたね。こうした合理性を持ち合わせた文化とディスカッションが重要なサイエンスは相性が良いのかなと感じています。

最近橋本室長とディスカッションをしていて「なるほど」と思ったもう一つのディスカッションを紹介します。我々研究者は自身がおこなった研究を論文にまとめます。研究結果を単にまとめて発表するだけでなく、過去の研究と照らし合わせ、自身の研究がその分野においてどの様な意味合いを持つのかを考え議論する「ディスカッション」という項目があります。この項目では、なんと、過去に研究を発表した人とそれぞれの実験結果や論文に記した解釈を介して、生きている時間や時代を超えてコミュニケーションを取ることができるのです。サイエンスには上述した合理性に加えて、この様なロマンチックな芸術性もあるのです。

現在、論文をまとめているところです。自身がおこなった研究の結果をしっかりとまとめることもさることながら、将来自身の論文を読んでくれる将来の読者と有意義なコミュニケーションを取ることができる様にしっかりとまとめていきたいと思います。そして、次回、ラボ日記を書く際にはどのような内容であったのかをご説明できると良いなと思います。

森山 侑輝 (特別研究員)

所属: 形態形成研究室