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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【思いきって医療を考えました】

2007.4.2 

中村桂子館長
 『ゲノムが語る生命−新しい知の創出』(集英社新書)以来暫く、読み物として読んでいたゞける本を出していませんでしたが、今年は久しぶりに4冊ほど出せそうです。一つは3月20日に発売されました。『「生きている」を見つめる医療−ゲノムで読む生命誌講座』(講談社現代新書)で研究館のメンバーの一人山岸敦との共著です。話は4年前、高槻市にある大学(大阪医大、大阪薬大、関西大学情報学科、平安女学院生活学科)との協力を考えたところから始まります。医学、薬学、情報、生活(環境)という独立した専門があり、それぞれの大学の先生方は、これらすべてのつながりを感じてはいらっしゃらなかったのですが、生命誌はいずれとも無関係ではありません。それどころかこれらが連携してこそ生命誌が求めている“生きている”を基本に置く社会”ができるはずです。つながりが生まれるとよいなと思って先生方とお話をし、高槻市も乗り気になってコンソーシアムを作ろうというところまで話は進みました。
 その中で、大阪医大で医学概論を担当していらっしゃる佐野浩一先生が、とくに熱心に対応して下さったので、とっかかりとしてお医者様の卵である大学一年生に“生命誌講義”をすることになりました。最近医療の現場で、患者さん(つまり人間)を見ずにコンピュータの画面に現れる検査データばかりを見ている医師が増えたと言われます。そして、高校で生物を勉強して来ないからだとか生命倫理が教えられていないからだとかいうことがその原因としてあげられます。でも今の生物学は、DNAを中心に生命体を構成する物質のはたらきを教えることが中心で、生きものである人間を見る眼を養うものになっていません。倫理もなぜかクローンや代理出産など特殊な話が多く、日常から離れています。普通に暮らしている私たち一人一人が一生を生き生きと暮らせるように。そのような願いをこめての医療であって欲しい。そのような医療を支える気持を育てるのは生命誌の仕事かもしれない。そう思って始めた“医学生のための生命誌講義”です。“生れる”、“育つ”、“暮らす”、“老いる”、“死ぬ”というテーマで人の一生を見ていくライフステージ医療という切り口で、一人一人に対応するオーダーメイド医療を作って行きたいという願いをこめての講義にしました。幸い学生さんたちが熱心に聞いてくれ、レポートにもさまざまな考え方を書いてくれたので、講義をまとめて教科書を作りました。内々の教科書だったのですが、講談社の本橋浩子さんが現代新書でとりあげて下さったので、それなら、医学生のためだけでなく、患者さんも含めて医療に関わり合う人、つまりすべての人に読んでいただけるものにしようと考えて少し手直ししたのが、今回の本です。
 「医療」というタイトルの本を書くことになるとは考えたこともありませんでしたので、実はちょっと心配です。生活者としてこうあって欲しいと思っている医療を書きましたので、専門家の眼でごらんになったら穴だらけかもしれません。いろいろな立場からのコメントをいたゞいて、少しづつよくしていきたいと思っています。是非いろいろお教え下さい。
 P.S. 講談社の会議で「医療は本来生きているを見つめるもので、改めて言わなくとも」という意見が出たそうです。その通りです。でも、今の社会、“生きている”を見つめる時間がなくなっているような気がして、敢えてあたりまえを出したいとお願いしました。


 【中村桂子】


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