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ラボ日記

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【ヒドラの “さらに” 巨大なカドヘリン】

小田広樹 イソギンチャク、ヒドラ、センモウヒラムシなど、比較的単純な形態をもつ多細胞動物のゲノムを解読するプロジェクトが相次いでその成果を報告している(Science vol. 317, p86, 2007; Nature vol. 464, p592, 2010; Nature vol.454, p955, 2008)。これらの成果は、単細胞動物から多細胞動物への進化がどのように起こったかを考える上でも、多細胞動物が誕生してからどのような進化があったかを考える上でも非常に興味深い。
 私は細胞と細胞をつなげる役割をもつカドヘリンの構造的多様性を研究してきたこともあり、原始的な多細胞動物にどのような構造のカドヘリンが存在するかに関心をもってそれらの論文を読んだ。生命誌ジャーナル2005年冬号でも紹介されたように、脊椎動物のカドヘリンと昆虫や棘皮動物などの無脊椎動物のカドヘリンは、細胞の外に露出している部分の構造が大きく異なっている。簡略に言えば、脊椎動物のカドヘリンは短くコンパクトであり、単一種類のドメインからなるのに対して、例えば、棘皮動物のカドヘリンは巨大であり、多種類のドメインからなる。私たちは2005年の論文(Oda et al., Evolution & Development vol. 7, p376-389, 2005)で、様々な動物のカドヘリンの構造の比較に基づいて、祖先型となる巨大なカドヘリンから異なる領域が欠失して多様な構造が生成されたのではないかという仮説を提案した。
 本当にその仮説が正しいのか? ずっと気になっていたのであるが、なんとヒドラでは、さらに巨大なカドヘリンが存在しているようである。カドヘリンに特有の繰り返し構造が、脊椎動物のカドヘリンでは5個、棘皮動物では17−18個、今回のヒドラでは29個も存在する。進化とともに短くなってきたのではないかという点において、私たちの提案した仮説とは矛盾しないデータである。
 そんな巨大なカドヘリンが脊椎動物のカドヘリンと同じように細胞をつなぐ分子として働いているのか? この疑問にゲノムプロジェクトの論文は全く答えていない。分子機能の解析が待たれる。
 イソギンチャクにもヒドラと同じタイプの巨大なカドヘリンが存在しているようである。しかし、平板動物門のセンモウヒラムシや単細胞動物の立襟鞭毛虫のゲノムにはそのようなタイプのカドヘリン遺伝子は見つかっていない。
 動物の進化において多細胞性の獲得は一大イベントだったに違いないが、多細胞性の獲得以後も、細胞をつなぐ構造は大きな変化を重ねたようだ。そのような細胞レベルの構造変化と体の形の進化は関係があるのだろうか?

[ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ 小田広樹]

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