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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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ゲノムの自己

2015年9月1日

塩基配列が何を意味しているかわからないという理由だけでジャンクと名付けていた領域の中で、機能が明らかになって大ブレークしたのがクリスパーだろう。最初大腸菌ゲノムの中の不思議な繰り返し配列として見つかった配列(まさに当時はジャンク配列)が、実際には大腸菌に感染する様々なウィルスやプラスミドの断片であることがわかり、クリスパー上流にあるCas遺伝子群とともに、外来DNAを自己のゲノムから区別して抑制する一種の免疫システムを形成していることが明らかになった(図1)。


図1 外来遺伝子への免疫システムとしてのクリスパー/Casシステム
説明は本文参照。

外来の遺伝子が侵入すると、その一部を切りとって、クリスパー領域に組み込むことで、侵入記録を遺伝子ライブラリーとして記憶(図1①)、次の侵入に備えるという免疫の仕組みだ。こうして形成された外来遺伝子のライブラリーは、Cas9と結合するRNAリピート領域と一体となったガイドRNAとして転写され、次に相補的外来遺伝子が侵入してくると、その遺伝子とハイブリダイズしてCas9を侵入遺伝子へと導き(図1②)、これを切断、分解する(図1③)。この最後の反応を利用して開発されたのが、遺伝子改変技術を根本的に改革したゲノムの配列特異的編集法で、今や医学応用を含めあらゆる生命科学分野で大ブレークしている。

さて外来遺伝子をライブラリーとしてゲノムの中に保持し、そこから転写されたRNAを標的遺伝子の抑制に使うという本来のクリスパーシステムを理解すると、まさに前回紹介したPiwi/piRNAとよく似た系だとわかるはずだ。まずどちらも自己と他を区別するための記憶として、外来遺伝子配列を特定の領域に蓄積し、それを自己ゲノムと他を区別するのに使っている。これも最初は機能がわからずジャンク配列とされていた。この例から、他のジャンク配列もまだまだ思わぬ機能が明らかになる可能性がある。進化では、役に立たないと決めつける方がいつも間違っていることが多い。

さて、クリスパーやPiwi/piRNAの例から再認識刺されるのは、情報としての自己のゲノムは、他のDNA情報に常に開かれていることだ。いつでも他のゲノムは自分のゲノムの中に侵入してくる。このため常に自己の情報と他の情報を区別して、自己の情報だけを守る仕組みが生命誕生後の早い時期から存在している。驚くべきことに、この機構を拝借して逆にホストのゲノムを分解する能力を獲得したしたたかなウイルスすら存在している。このphageウイルスは幾つかのCas遺伝子と侵入したバクテリアが持つ防御最前線で戦う分子PLE遺伝子をアタックできるクリスパー配列を持っている。すなわち、本来バクテリアがウイルスゲノムの侵入を守るセットを使って、ウイルス抵抗性に関わる遺伝子を攻撃して自らを守っている。生命誕生は、自己と他という関係の誕生でもある。自己のゲノムを他から区別する仕組みはこのように、ウイルスを含むあらゆる生物へと拡大する宿命にある。

クリスパーからわかるように、ncRNA(non-coding RNA)はあらゆる生物で機能しており、生命誕生初期から、あるいはそれ以前からこのようなDNAとRNAの関係があったことをうかがわせる。しかし、なかでもゾウリムシやテトラヒメナのような繊毛虫類でのncRNAの大胆な使い方には驚かされる。最後に、テトラヒメでncRNAがどのように使われているか見てみよう。ただその前に、これまで紹介しなかったsiRNA(small interfering RNA)について、piRNAと比較しながら簡単に紹介しておく。Piwi分子の結合するpiRNAは、piRNAクラスターか活性化されたトランスポゾン由来だが、どちらも転写された一本鎖RNAだ。ただ、様々な方法でできてきた2本鎖RNAからも同じような遺伝子抑制性のRNAを形成することができ、siRNAとよばれている(図2)。


図2 siRNAの形成と作用:Wikiコモンズから改変

この系では、2本鎖RNAはDicerと呼ばれる分子で決まった長さに切断された後、piwi分子の代わりに、RISCと呼ばれる分子にロードされる。このアンチセンスRNAとRISCの複合体は、このRNAをガイドとして、外来RNAの分解や、標的遺伝子のヘテロクロマチン化に関わっている。ガイドに利用するRNAが最初2本鎖である点がpiRNAと異なるが、共にトランスポゾンの活動を抑制するメカニズムだ。この2つのメカニズムを頭に入れておいて、次に繊毛虫類の一つ、テトラヒメナを例に驚くべき精巧なncRNAの利用法を見てみよう。これから述べる話のほとんどはウィーン・IMPに在籍するこの分野の第一人者、望月一史さんたちの総説を参考にしたことを断っておく。

さてゾウリムシやテトラヒメナは、一つの単細胞の中に大核と小核の2種類の核を持っており転写は大核からだけに限ることで、高い転写効率を達成している。以後は望月さんたちの研究しているテトラヒメナに限って見ていこう(図3)。


図3 テトラヒメナの接合による性生殖:説明は本文、Wikiコモンズ改変

さて栄養が豊富な環境では、テトラヒメナは分裂により増殖する。この時、大核も小核も同じように複製され、両方とも娘細胞に分配される。一方、栄養条件が悪くなると、2つのテトラヒメナが接合し二つの個体で遺伝情報の交換を行う。おそらく異なる個体のゲノムを合わせることで、厳しい環境に適応しやすくするための戦略と考えられる。しかしこの時、高等動物の減数分裂に当たる過程が小核だけで起こる。Wiki commonsからの図を参考にして接合過程を見てみよう。まず図の左上から、減数分裂により一倍体の小核を最終的に1個形成する(残りの小核は全て分解される)。次に小核が分裂して一つの細胞の中に2個の1倍体の小核ができる。この間、大核はそのままで転写を続け細胞を維持している。次に、それぞれの個体は小核を交換し合って、最終的に別々の個体由来の一倍体の小核が融合した2倍体の小核が生まれる。この小核はその後2回の分裂により4つの小核を作り、そのうち2つが新しい大核を形成するのに使われる。この小核から大核への転換時に、それまで転写をまかなっていた大核は分解する。こうして生まれた新しい2つの小核と2つの大核を持った個体が次に分裂することで、接合した結果できた新しい遺伝情報を持った一個の大核と一個の小核を持つ2つの個体が生まれるという複雑な過程だ。

なぜこれほど複雑な接合過程を持っているのか不思議だが、これは大核のゲノムと小核のゲノムが異なっていることに起因する。正確に言うと、小核中のゲノムには全域にわたって6000以上の0.5-30kbの遺伝子断片が挿入されていて、IES(internal eliminated sequence)とよばれている。IESもクリスパー・piRNAと同様にトランスポゾンや繰り返し配列から出来ており、これまでの定義ではジャンクと呼ばれる配列だ。しかし、IESは有性生殖の初期以外の時期において、小核からの転写を抑制する積極的役割を持っている。すなわち全てのジャンクはジャンクであることで機能を持つ。一方、小核から大核ができるとき、新しい大核内の全てのIES(=ジャンク)が正確に除去されないと、遺伝子の転写ができない。実際、大核にIESが残ってしまうとテトラヒメナが死んでしまうことがわかっている。これに加えて、大核のゲノムは250ぐらいの断片に分解され、それぞれは増幅されているおかげで、転写レベルを上げるよう改変されているが、この過程についてはここでは深追いしない。

ではどのようにしてIESは小核ゲノムから正確に除去されるのだろうか?ここにDicerやPiwiに似た分子と、小核から転写されるncRNAが一役買っている(図4)。まず新しい大核への転換が始まる前に小核全体が双方向性に転写され、ゲノム全域をカバーする2本鎖RNAが形成される。この2本鎖RNAはDicerに似た分子Dcl1pによって小さく断片化されncRNAになり細胞質へと移行し、piwiに相同な分子Twi1pに結合する。Twi1p上でガイドRNAだけを残してパッセンジャー鎖は除去される。こうして形成したガイドRNAを結合したTwi1pは大核に移行し、大核中のゲノムと比較され、大核中に存在する配列が全て除去される。この結果残るのはIESに対応するRNAをと結合したTwi1pだけになる。


図4ncRNAを使った新しい大核形成時のIES除去機構:説明は本文

この選択が実際にどう起こっているのかは研究途上にあるようだが、大核のゲノムと相補的なRNAはゲノムDNAによりTwi1pから引き剥がされ、分解されると考えられている。メカニズムはともかく、これにより大核ゲノムと小核ゲノム間で引き算を行うことができ、結果として全てのIESに相当するncRNA をロードしたTwi1pが残る。次にこのTwi1p/ncRNAは新しく形成された大核に移行して、今度はIESに結合し、IESをヘテロクロマチン化する(H3K9, H3K27のメチル化)。このヘテロクロマチン化が標識となって、IES配列がゲノムから全て除去される。残念ながら、ヘテロクロマチン化された領域がどのようにゲノムから切り離されるかについての具体的なメカニズムについてはまだまだ明らかでない。しかし、テトラヒメナでは小核ゲノムからIESを大規模かつ正確に取り除く目的でncRNAが利用されることがわかる。

IESの多くがトランスポゾンを起源としていることを知ると、テトラヒメナではトランスポゾンが自己ゲノムを調節する機能ユニットとして積極的に活用されていることがわかる。テトラヒメナの2核構成も情報論から見ると面白い。一般的に情報理論は、伝えるためのコミュニケーション理論とオペレーションのためのコンピュータ理論に分かれる。ゲノムもそうで、子孫に伝える役割と、細胞のオペレーションとに役割を演じ分けている。問題はオペレーションのための情報は、伝えなければならない情報のほんの一部だということだ。そのため、真核生物はエピジェネティックな機構を進化させ、様々な方法でオペレーションに必要でないゲノム領域をオペレーションから隔離し、オペレーションの邪魔をしないよう抑制している。しかし、分裂のたびにエピジェネティック標識を正確に再構築するためには複雑な機構が必要になる。その代わりに、必要のない領域を全て除去した大核と小核に分けて、オペレーションと伝達を完全に分離してしまう戦略は、一見複雑に見えても、実は最も簡単で安心な戦略なのかもしれない。実際、テトラヒメナは普通、両方の核をただ単純に複製し続ける。そのとき、エピジェネティック状態を常に再構築しないで済むことの利点は計り知れないはずだ。このように情報のコミュニケーションとオペレーションを分離したテトラヒメナは驚くべき生物と言えるだろう。

これでゲノムの構造については終わり、次からはゲノムの働きについて考えていく。

[ 西川 伸一 ]

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