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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【人について】

今村朋子
 このごろの高槻は日ごとにぽかぽかと暖かくなり、日だまりの時分は辺り一面がきらきらと春の光に照らされて、もう冬も終わりなんだなあ、と感じています。偶然の機会からBRHに紛れ込み、いろいろな人とお会いしては新しい発見に驚かされ、あっという間に10ヶ月が経ちました。
 次号の季刊生命誌(2/15発行)では、「Research」を担当したのですが、ここでもすごい人にお会いしました。詳しいことは読んでのお楽しみですが、生態人類学をベースにして、真っ向から人間の「生きる」を考えている先生です。初稿を頂いた瞬間、実を言うとあまりの難しさに、脳がくらっとなりました。そこには数値化されたデータのかわりに生々しいまでの人間の営みを語る言葉と、ウィトゲンシュタイン、さらには認知科学を含めた複雑な考察が広がっていたのです。そして、研究室ではそれを上回る驚きが待ち受けていました。
 実際に聴くフィールドの言葉は人間の声というよりも打楽器の響きに近く、一音ごとに草原の空気がよみがえり、音楽のようなその調べに唯ただ圧倒されるばかりでした。52個のクリック音と6つの声調を持つその言語は、研究者の間では世界で2番目に難しく、世界で最も美しいことばとされているそうです。カタカナ表記からは想像も出来ない軽快なリズムと、データ化することのできない豊かな日常は、知識の壁を一瞬で氷解させてしまいました。一説によると、「彼ら」のことばは、人類にとって最も根源的な言語であり、私たちが失ったすべての音を含んでいるそうです。

 残念ながらこの感覚は、直接研究者に会った人だけが得られるものだと思います。それを感じた思いを伝えることはできても、体験を押しつけることはできません。だからこそ、人との出会いはかけがえがなくて、改めて、人間ってすごいんだなあ、と思いました。言葉たらずな文章ですが、次回の「Research」を読む際は、内容は少し難しいかもしれませんが、それを支えている世界で最も美しい言語と語る人々の姿、それを追求する一人の研究者の姿を思い浮かべて頂きたいと思っています。


 [ 今村朋子 ]

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