生命誌について
2026.08.05
泳いで漂って
雨田祐二
情報の海を泳ぐとか、渦に巻かれるとか、様々な表現がなされます。人間が適切な情報にたどり着くには難しくなり、それなりの技術が必要になっています。溺れないようにしたいです。
中村先生が提起してくださった生命と情報のことは質的、実体的な事柄なのだと思います。良く知り、共に考えていきたいです。
2026.08.05
1. 中村桂子(名誉館長)
雨田様
お考えありがとうございます。情報の海を泳いで時に溺れるという感覚、その通りですね。今、情報として流れているのは機械的情報であり、求められるのは速度です。生きものは本来時を紡ぐものであり、プロセスが生きるということですのに、速度と成果だけをもとめる社会になっています。最近読んだ本で、農家のおばあさんの、「草とりが一番楽しか」という言葉に接し、胸が熱くなりました。毎年同じように生えてくる草に出会うと、懐かしくホッとするという感じ、分かります。暑い中での草とりは大変な作業でしょう。でも、それを労働とせず、仕事として楽しむ、まさに生きているのです。
情報という問題を、このような生き方を否定せず、むしろこれと繋がることとして考えて行きたいと思っています。ご一緒によろしくお願いいたします。
中村桂子

