イチジクとコバチの1 種対1 種の共生関係については,これまで生態学,形態学,昆虫行動学などさまざまな方面から研究が行なわれてきた。近年DNA の系統解析も始まっているが,まだ高次分類群間の比較にすぎず,もっと緻密な解析が必要だ。
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日本には15 種類のイチジクが自生している。(写真=5 点とも横山潤) |
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イヌビワFicuserecta (沖縄本島) |
オオイタビF.pumila (奄美大島) |
アコウF.superba var.japonica(奄美大島) |
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ギランイヌビワF.variegata (石垣島) |
ホソバムクイヌビワF.ampelas (石垣島) |
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イチジクを調べていると,花粉を運ぶコバチ(以下送粉コバチ)とは別の種類に出会うことがある。このコバチ(以下寄生コバチ)の生態はよくわかっていないが,送粉コバチと違って,花のうの外側から産卵管を差し込んで産卵するので,花粉の受け渡しにまったく関与しない。送粉コバチと同じ花に産卵してその餌を奪うこともあり,イチジクにとってはまったくの寄生者だ。
生命誌研究館では,巻頭に述べた考え方で,メキシコ産18 種のイチジクを複数の地点からコバチ(寄生コバチも含む)とともに採集し,核28SrRNA 遺伝子とミトコンドリアCOI 遺伝子を用いてコバチの系統解析を始めた。送粉コバチは寄生コバチから分岐したとされてきたが,我々の解析でも送粉コバチと寄生コバチとの分岐は古く,寄生コバチは単一系統ではないようだ。
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日本産イチジクとイチジクコバチの系統樹両者の系統樹の分岐は見事に対応している。雌コバチの花粉ポケットは,持つものが古く,持たないものが新しくでてきたらしい。それにともなって,花粉が確実に運ばれるようにイチジクが雄花を増やしたのではないかと考えられる。 |
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一方,送粉コバチは単一系統を形成し,さらにイチジクの2 亜属(Urostigma とPharmacosycea )と対応する2 つの系統に分かれた。Urostigma 亜属の送粉コバチは,系統樹上で一斉放散している。オサムシ研究でも多様化の過程で一斉放散の現象が多く見られたが,これは生物,少なくとも昆虫の進化過程で一般的な現象であるようだ。オサムシのミトコンドリアDNA の進化速度をそのまま借用はできないが,仮に当てはめると,コバチはおよそ2000 〜3000 万年前の間に放散したことになる。この時,イチジクも同時に放散が起きたか否かが興味深いが,解析結果を待っている段階だ。また,複数地点の同種のイチジクから採集した送粉コバチが系統樹上1 つの枝にまとまらず,異なる系統に分かれるという結果も出た。つまり,同種類のイチジクが産地によって異なる起源のコバチに花粉を運んでもらっているようなのだ。これらの結果は,イチジクの解析の結果と照合する必要もあるが,イチジクとコバチの共生関係がほぼ1 種対1 種となっているのは事実だとしても,ある程度の柔軟性をもち,地域による変化があることも予想できる。
「空飛ぶ花粉」とそれを育む「ゆりかご」の複雑なパズルを完成させるべく,現在,世界中の熱帯域でイチジクとコバチの共生関係の研究が進められている。生態研究からDNA までをつなぐ共同研究によって,進化における共生関係の意味は,寄生コバチから送粉コバチへの変化,つまり「昨日の敵が今日の友」への変化も含めて,着実に解かれつつある。
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メキシコ産イチジクコバチの系統樹送粉コバチと寄生コバチが古くに分かれ,送粉コバチは,イチジクの2 つの属ごとにきれいに分岐していた。細かく見ると,たとえば,アコウ亜属のFicus retusa に注目すると,採集場所が異なれば(4,9,3 地点),その送粉に関わるコバチの起源も異なるなど,興味深いことがわかってきた。 |
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