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RESEARCH & PERSPECTIVE 細胞の進化・生きものの条件
PERSPECTIVE

非生命から生命へ

市橋伯一

東京大学 大学院総合文化研究科・先進科学研究機構・生物普遍性研究機構教授

分子を組み合わせてつくった人工細胞の進化を見守る市橋伯一先生にお話を伺います。生きものはなぜ協力し合うのか、原始の生命はどんな存在だったのか、地球以外の星に生命は存在し得るのか、生きものの条件とは何なのか・・・人間がつくり出したシンプルな人工細胞が、生きものらしさの手がかりを教えてくれます。

1.生きものはみなエリート

進化をこの眼で見てみたい。そのために分子で構成した単純な系から始めようと思ったのが、人工細胞の研究に進んだきっかけです。図鑑をひらけば、昔の生きものと今の生きものの形の違いはすべて進化という現象によるものだと説明されていますが、誰もその現場を見たわけでありません。単純な原始の細胞から始まって、徐々に複雑で精巧な生きものになっていくという、一般に考えられている進化の過程は本当にあったのだろうか。進化する能力をもった分子をつくって、それを確かめてみたいと思ったのです。

進化の再現実験は50年も前に行われていました。アメリカのソル・シュピーゲルマン博士らが1967年に発表したもので、ウイルス由来のRNA複製酵素とRNAを混合することで、RNAの複製を繰り返させるというものでした。シンプルな実験ですが、突然変異(註1)自然選択(註2)という進化のステップを再現した初めての例で、このRNAは「シュピーゲルマン・モンスター」と呼ばれました。しかし彼らの実験系は結局、短時間で増殖できる短いRNAで埋め尽くされてしまい、実際の生きものに見られるような複雑な分子は一向に現れてこないことがわかったのです。

試験管の進化と実際の進化の間の空白を埋めるものは何なのか。私たちはシュピーゲルマンの系をさらに発展させることにしました。大きな変更点は、RNAの複製酵素を予め与えるのではなく、RNA自身にコードされた遺伝子を翻訳(註3)して複製酵素をつくらせるようにしたことです。つまり自分で自分を増やす自己複製系としたのです。これに伴い、複製酵素とそれを生み出したRNAをまとめる袋が必要になったので、融合と分離を繰り返すゆるやかな膜構造を与えました。具体的には、水と油を攪拌してマヨネーズ状に乳化させ、油の中にバクテリアの細胞一個分と同程度の大きさの水滴が浮いた状態を準備しました。この水滴の一つひとつを細胞の単位として、RNAの複製が進みます。

(写真1)

人工細胞の入ったチューブ(左)と人工細胞(右)。油の中の水滴(赤い部分)を一つの単位としてRNAが自己複製する。水滴は融合・分離するため、中の分子は互いに作用しあう。

人工細胞の進化は劇的です。実際の生きものを使った進化実験とは全く様相が異なっています。ショウジョウバエでは、何十年と進化実験を続けても、見た目上は少し足が短くなった程度のわずかな変化しかみられません。より世代時間が短く進化が速い大腸菌でも、生存に有益とみられる変異はめったに観察されません。いっぽう僕らの人工細胞では、実験の最初と最後で複製速度が1000倍も増加するなど、劇的な変化がみられるのです。寄せ集めの分子からスタートする人工細胞は、既に洗練を重ね、有益な変異を採用し尽くした今の生きものとは違って、改良の余地が山のようにあるのでしょう。言い換えれば、今の生きものは大腸菌であろうとハエであろうとすべて、何万年・何億年もの生存競争を勝ち抜いて頂点を極めたエリートなのだということです。

人工細胞の実験は、未だ細胞さえ確立していない原始の世界を垣間見るようです。そこでは人間の理屈に合わないことが次々と起こります。

(図1)

シュピーゲルマンと私たちの実験系の比較。RNAに書き込まれた遺伝子を翻訳して複製酵素を生成する私たちの実験系では、突然変異(緑)によりRNAの配列が変化すると、つくられる複製酵素の性質が変化したり、酵素がつくれなくなったりといったバリエーションが生まれる。

2.パラサイトが進化を加速する

複製を繰り返すと、自身で複製酵素をつくらず、他のRNAがつくった複製酵素に依存して増える、いわばパラサイト型のRNAが出てきます。パラサイトは複製酵素の遺伝子の配列をもたず全体の長さが短縮化しています。そのため短時間で効率的に増えることができ、飛躍的にコピー数を増していきます。ところがしばらくすると、そのパラサイトに寄生されにくいホスト(宿主)が必ず生じてきて、パラサイトの増殖を抑えるのです。不思議なことに、どんな相手にも強いパラサイトやホストは現れません。どこかに必ずトレードオフがあるようで、いろいろなパラサイトとホストの組み合わせが入れ代わり立ち代わり現れ、それぞれのRNA分子のコピー数が周期的に振動することがわかりました。

反対に、パラサイトが出現しない状態では進化が遅くなってしまいます。RNAに変異が入るペースがだんだん遅くなり、ついにはほとんど適応的な変異がみられない時代に突入してしまうのです。もちろん本来の進化は何万年・何億年という単位で起こる現象ですから、人間が観察する時間が足りないという可能性はありますが、残念ながらそれを確かめる術はありません。少なくとも僕らの見ている時間では、パラサイトのない安定した環境下だと、一通り有益な変異を採用したら、それ以上変わることができず袋小路に入ってしまうようなのです。

パラサイトがいる実験系では、今もどんどん新しい現象が起きています。最近、ホスト2種類とパラサイト2種類が共存する、まるで種分化のような現象がみられることを発見しました。この成果を発表したすぐ後に、ホスト側がもう1種類増えて3種類になったのです。役者がだんだん増えて、ネットワークのような関係性が生まれています。一体何種類まで増えるのか、その数が何によって決まっているのか、実験を継続して突き止めたいところです。パラサイト2種類に対して、3種類のホストはそれぞれどちらかに強くどちらかに弱いという個性があり、それによって共存が維持されるようです。どれか1種類がひとり勝ちしている状態だと、それに寄生するパラサイトがあっという間に増えてしまいますが、多様化によってそれぞれのRNA分子の数の安定が保たれている。こうした共存が続けば、彼らの間で自ずと新しい関係が生まれてくるかもしれません。

(図2)

複製されたRNA分子の塩基配列の解析結果。点と点の距離は、RNA間の配列の違いの大きさを示す。青色が濃いほど、後の複製によって生じたRNAの配列であることを示す。直線は配列が1塩基しか違わない点同士を結んだもの。開始の際は全て同じだった配列が、複製を繰り返すにつれ、二系統の種類(図中の系統1、2)に分かれていったことがわかった。

実はこれらの結果は実験してみて始めてわかったことで、今お話しした解釈は後づけに過ぎません。パラサイティックな存在は進化の邪魔者であり、何とか抑えこまなくてはと当初は思っていましたし、ただのRNAがパラサイトに対して耐性を身につけるなんて予想もしていなかった。今はパラサイトの存在こそが、生きものの進化の鍵なのではないかと考えています。すべての生きものにはウイルスなどのパラサイトがいると言われていますし、生きものが生まれる前から寄生するものは存在していたはずです。今のウイルスは非常に高度化しているため原始のそれと比較するのは難しいですが、生きものもウイルスも祖先は似たもの同士であり、両者の共同作業で生きものが成立したのかもしれません。

(図3)

複製されたRNA分子の塩基配列を、時間経過に沿って示したもの。各枠の左上の数字は反応液の入れ替え回数で、時間経過を表す。赤、緑、紫の点がそれぞれ異なるパラサイトのRNA配列、青系の色(水色〜濃紺)がホストのRNA配列。時間を追うごとにパラサイト・ホスト共に出現する配列が変化し、時に複数の異なる系統に分かれることがわかった。
出典:eLife 9: e56038 (2020) DOI: 10.7554/eLife.56038

3.複雑化のきっかけは協力関係

シュピーゲルマン・モンスターの実験と同様、僕らの人工細胞でも複雑な分子の進化はみられていません。パラサイトはもちろんホストでも、RNA分子そのものは短縮化していき、複製酵素も当初より単純化していくことがわかったのです。実際の生きものを使った進化実験でも、元より複雑な形質が生じたという話は聞いたことがありません。実験によって観察できる進化は基本的には単純化であり、少なくとも進化は自ずと複雑化する傾向があるわけでは決してないということです。でも生命進化において、真核細胞の誕生や多細胞化などの複雑化があったことは確かであり、それがないと私たちの存在が説明できない。実際の進化が奇跡の連続のように見えて、ますます興味深いです。複雑化を実現したものは何だったのかが知りたい。

時に進化において複雑化が選択されるとしたら、ごく限られた条件下でのみではないでしょうか。これは複雑化を検証した研究の一例ですが、遠心力によって水流を起こし、軽い物体はふるい落とされてしまうという状況をつくる。すると細胞どうしがくっついて重たくなった方が流されにくくなって残るので、残ったものは多細胞生物のように見えるというものです。進化の大半は単純化であっても、何かのきっかけによって、複雑化が選択されることはあるのでしょう。この実験の場合、お隣にあるからという理由で、本来関わりあうことのなかった細胞の間に新たな関係が生まれるかもしれません。

複雑化が起こるかどうかは、分子や細胞の関係性が重要です。より複雑なシステムを獲得するには、複数種類の分子や細胞が連携しなくてはなりません。その状態は全体としては効率が良くても、個々の要素にとって必ずしも効率的とは限らないので、多くの場合、短期的に得をしようとする「裏切り者」が出てくる。つまり複雑化は、大抵はうまくいかないはずなのです。しかし先ほどのRNAの実験で意外な関係が観察されました。パラサイトとホストが複数種類で共存している状態を調べると、あるペアはお互いを増やし合うことがわかったのです。つまりホストAの複製酵素は自身よりもホストBをよく増やし、ホストBの複製酵素は自身よりもホストAをよく増やす。まるで自分を犠牲にして他者に協力しているようにみえるのです。こういう状況ではホストAとホストBはずっと一緒にいることになりますから、より高度な役割分担が始まるかもしれません。ここから少しずつ、生きものらしい複雑さが備わっていくのではないかと期待しています。

RNAの協力関係は、今の僕らの知識からすると起こり得ないことです。理屈で考えると自分を増やしたほうが得なはずなのに、なぜこのような性質が選択されてくるのか分からない。もちろんRNAは自分という概念すらもちませんから、自分の子孫を増やしたいと思うはずはないのですが、だからといって協力すれば得だと思うはずもありません。もしかするとRNAと酵素の間の化学的な相性の問題で、たまたま選ばれた性質をもったものが、何らかの副作用で相手のRNAを増やしているというだけなのかもしれません。我々が協力という行為を大事にしてしまうのも、実はかつて偶然そのような性質をもった細胞が生き残り、その末裔として生まれてきたからなのかもしれませんね。

4.生命は生まれるはずのない存在

現在の技術では、自己複製する生命を人工的に再現することはできません。少なくとも酵素やタンパク質は、生物由来のものを借りてこなくてはならない。それでもうまくいかないのが常で、遺伝子を翻訳して、その複製酵素によって複製する「翻訳共役型」の実験には僕たちのチームしか成功していません。海外でもウイルスの複製システムを使って翻訳共役型を作ろうとしていますが、なぜかだんだん複製能力が落ちてしまい、今のところ3回までしか自己複製ができないそうです。DNAを使った僕らの実験系でも、二種類のウイルス由来のタンパク質を組み合わせたところ、お互いを邪魔してしまってうまくいかないことがありました。

つまり人間の手で生命をつくることは今のところ不可能です。自然界で生まれたことさえ信じがたいという思いです。生命の起源について、あり得そうなシナリオは今のところ誰も描けていません。現在の生きもののDNA配列の比較から、原始の細胞はおそらくバクテリアのようなものだったと推測されていますが、細胞そのものは残っていませんし、どこにいたのかも分かっていません。現在見つかっている最小の生きものでも500ぐらい遺伝子が必要ですが、いま人工的に作れる細胞はせいぜい1個か2個の遺伝子をもつものだけです。それも人間が材料をかき集めてやっと作れるものであり、バクテリアのような複雑な細胞の再現までは気が遠くなるほどの距離がある。材料に乏しい原始地球で、それが自然に生まれたとは信じられません。でも今我々がここにいる以上、生きものは何らかの形で出てきたはずなのです。

アミノ酸や水など、生命を構成する分子が宇宙でも発見されています。そのうち宇宙でも生きものが見つかるのではないかと考える人は多いかもしれませんが、地球外生命が見つかるとしても、地球と同起源のものではないでしょうか。宇宙で独立に生きものが生まれたとは、僕は信じられませんね。独立の系統の生きものが地球上にたくさんいるのであればともかく、1つの系統しか存在しません。このことが、生命とはあり得ないほどの確率でしか生まれないことを示しているわけです。

5.生きもの全体を貫くルール

あらゆる環境に適応し、多様な形や生き方を獲得した生命のポテンシャルはいつ、どのように生じたのでしょうか。人工細胞を見ていると、生命がそのような柔軟さを初めからもっていたとはとても思えないのです。実際、地球上の生きものが爆発的に多様化したのはカンブリア紀(註4)に至ってからであり、その時多様化したものは、何万もの遺伝子をもった多細胞生物です。生きものの根っこに近い時代を考えている僕らからすれば、カンブリア紀はもう現在に近いくらいの時代。遺伝子を数個からせいぜい数百個くらいしかもたなかった初期の生きものの適応能力と、多様化を果たした後期の生きものの適応能力は区別したほうがよいでしょう。原始の生きものを「生命version 0.0」とするなら、カンブリア紀の生きものは「生命version5.0」とするといったふうに、バージョンが上がるごとに仕様が少しずつ変化していったと考える必要があります。

多くの発生生物学者が考える進化は形態やボディプランの進化です。カンブリア以降の生きものは食う・食われるの関係性のなかで、アゴや眼といった形態的な特徴が大事になる。いっぽう初期の生きものにとっては細胞の形など問題ではなく、まず何をエネルギー源とするか、水素を代謝するか糖を代謝するのかなどの化学反応に関する能力や、物質輸送を担うトランスポーターの数がポイントだったはずです。生きものの大きさも進化のタイムスケールも違いますし、時代による文化の違いとでも言うべきものがあるように思います。

またカンブリア紀以降の生きものの形の進化は、既存の遺伝子を重複させたり修正したりすることで実現していますが、原始の生きものの進化は遺伝子そのものをつくることから始めなくてはならなかったでしょう。何もないところからタンパク質を生み出す配列のモチーフを一つ一つつくり上げていく過程には、既にある遺伝子を使い回す過程とは別の原理がはたらいているのではないかと思います。遺伝子を少しずつ積み上げてやっと生きていた状態から、何万もの遺伝子を駆使して多様な形を生み出すまでに、生きものがどんなプロセスを経たのかは非常に興味深い謎ですが、遠すぎてまだまだ手が届かないというのが実感です。

ただ、時代や生物種ごとに異なっているという結論では生きもの全体への理解は深まりませんので、階層を貫く共通のルールを見つけたいという思いは強くあります。今、倉谷滋先生が代表を務め、金子邦彦先生らが参加している新学術領域の「進化の制約と方向性」というプロジェクトに参加していますが、そこで聞いた話では、多細胞動物の形態は最初のころは大きく変えられるけれど、時間が経つにしたがって大きな変更はできなくなってくるそうです。例えば四肢を獲得して間もない初期の陸上脊椎動物は、5本指だったり8本指だったり多様だったようですが、ヒトの指の数をこれから増やそうとしても、発生過程で淘汰されてしまうでしょう。進化の古い時期には大規模な変更が可能なのです。そのルールは原始生命の進化にも通じているように思います。例えばDNA複製の方法など、他の部分に大きな影響を及ぼすようなしくみは最初に決定されて、そのあとは複製酵素の性能を改良するなど、末端の瑣末なところしか変化させることができない。突然変異と自然選択という進化のメカニズムは時代によらず全ての生きものに共通ですから、進化の最初から最後まで、一貫したルールはきっとあるはずなのです。

人工細胞の可能性ということでは、エンジニアとしての関心から言えば、人工細胞は歴史の蓄積をもたない存在ですから、容易に人間が扱いやすいかたちにすることができ、有用物質の生産などに応用できるかもしれません。アカデミックな関心から言えば、何も手を加えることなく長期間ただ進化させてその様子を見守りたい。それが実際の生きもののような機能を獲得していくのか、それとも私たちの知っている生命とはまったく異なるしくみをもった存在となるのか、どちらになっても興味深いと思うのです。

生きものとしての必要最低限のしくみとは何か。人工細胞はそれを探るのに最適な材料です。例えば、今の生きものはすべて細胞膜をもっていますが、もし、膜をもたなくても進化し、新しい遺伝子や新しい機能をどんどん生み出すようなものをつくることができたら、それもまた生きものと呼べるのかもしれません。非生命である人工細胞から、生命の本質が見えてくるのが楽しみです。

註1:突然変異 DNAやRNAの構造変化。この場合は、DNAやRNAの複製の際、元の塩基配列が複製された分子にそのまま伝わらず、配列の一部が変化したり、欠損した状態で伝わること。紫外線などの物理的な要因により生じるほか、複製酵素による複製のエラーによって偶発的に生じる。
註2:自然選択 突然変異によって性質の異なるさまざまな個体が生じ、その中から生存と繁殖に有利な個体が結果的により多くの子孫を残すこと。育種や品種改良といった人間の目的に応じて個体を選択する「人為選択」と対比して、自然界での進化の過程としてダーウィンが提唱した考え方。
註3:翻訳 DNAやRNA上の遺伝子の配列情報に基づいて、酵素などのタンパク質を合成すること。
註4:カンブリア紀 約5億4100万年前から約4億8500万年前。地質時代の区分の一つ。この時代に、爆発的に生物が多様化し、現在の多細胞動物の門レベルの分類群がすべて現れたと考えられている。

市橋伯一(いちはし・のりかず)

1978年生まれ。専攻は進化生物学。東京大学大学院博士課程修了(薬学)、JST ERATO研究員、大阪大学大学院情報科学研究科准教授などを経て東京大学大学院総合文化研究科・先進科学研究機構・生物普遍性研究機構教授。

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