1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」123号
  4. PAPER CRAFT 絶やすのはたやすい消えた動物 ピンタゾウガメ

2025.12 発行






生命誕生からおよそ40億年、この地球にいるすべての生きものは共通祖先から同じだけの時間を経てここにいます。人間もまたその生きものの一つです。ところが人間の活動は、多くの生きものの暮らしに影響を与え、中には種を絶やすほどの行いもありました。絶滅というと「恐竜の絶滅」のようにはるか過去の事件のようにも聞こえますが、実は今まさに絶滅しつつある生きものがいます。私たちが気づかない間に消えてしまった生きものも数多くいるはずです。紙工作「絶やすのはたやすい消えた動物」では、人間の些細な都合で絶滅してしまった生きものをつくります。いなくなってしまった生きものは取りもどせません。今、私たち人間も生きものとして自然のなかに生きるとはどういうことか、改めて考える時です。

1. カメの島、ガラパゴス

ガラパゴス諸島は、南米大陸の北西部から約1,000km離れた太平洋にある赤道直下の火山群島です。「ガラパゴス」はスペイン語の方言でカメを意味し、16世紀の発見当時は無数のゾウガメが島々を埋め尽くしていたと伝えられています。このガラパゴスゾウガメは、野生では100年以上の長寿で、大きいものでは体長150cm、体重250kgとなる世界最大のリクガメであり、7つの島および、島内の火山で隔てられた地域ごとに15の種(または亜種)に分類されています。

歴史上のガラパゴス諸島の記録は、16世紀にヨーロッパ人がアメリカ大陸への進出した時代に始まります。生活水が乏しく居住に適さなかったので、ペルーの財宝や特産物を運ぶ船を襲う海賊の基地とされ、18世紀には捕鯨船の寄港地となりました。寄港の目当ては、豊富なガラパゴスゾウガメです。ゾウガメは、半年以上飲まず食わずで生き延びるので、新鮮な食肉として船に積み込まれ、時には数十万頭が連れ去られたそうです。やがてゾウガメが減少すると、島には家畜としてヤギが放たれ、野生化します。人と共に入ったネズミが卵や子ガメを食べたことで、1970年代までにゾウガメは3千頭まで数を減らしました。一方、ヤギは4万頭にまで増え、カメの餌となる植生は壊滅し、日陰や水場などの生息地が失われたのです。

2.ピンタゾウガメ

ピンタ島の固有種、ピンタゾウガメは20世紀の始めに絶滅したとされていましたが、1971年にハンガリーの科学者が偶然発見し、その翌年にサンタ・クルス島にあるチャールズ・ダーウィン研究所で保護することになりました。最後の1頭となったオスガメは、ロンサム・ジョージと名付けられ、ガラパゴスの希少動物のシンボルとして注目を集めました。ガラパゴスゾウガメの甲羅には、丸いドーム型と端のそり返った鞍型がありますが、ピンタゾウガメの特徴は馬の鞍(サドル)型の甲羅です。乾燥地で背の高い木の葉や枝などを食べるための適応であり、甲羅と首の間に大きく無防備な隙間を許しているのは、捕食者のいない環境であったことを示しています。ジョージの血統を残そうと、研究所では形の近いベックゾウガメとの繁殖を試みましたが、卵を孵すことはできませんでした。その後、遺伝的に近いとされるエスパニョラゾウガメとの同居を試みましたが、関心を示さなかったそうです。そして、2012年6月24日に水飲み場で動かなくなっている姿が見つかり、死亡が確認されました。年齢は100歳を超えており、老衰による自然な最後でした。遺体はニューヨークのアメリカ自然史博物館で剥製として復元され、2017年にはガラパゴスに帰還し、サンタクルス島のファウスト・ジェレナ繁殖センターに展示されています。動かぬジョージの姿は、種の生存が人間の手によって危機に陥り、手遅れとなればもはや守ることはできず、永遠に失われてしまうことを静かに訴えているのです。

3. ロンサム・ジョージのゲノム

ジョージの体からは解析のための試料が採取されました。ゲノムが精細に解析され、ガラパゴスゾウガメ全体のゲノムを調べる基準となっています。ミトコンドリア全遺伝子を用いた系統解析からは、ガラパゴスゾウガメの起源や島々で固有種が分岐した過程が明らかになりました(図1)。ガラパゴスゾウガメの祖先は、南米大陸の小型のリクガメであるチャコリクガメであり、2〜3千万年前に太平洋に向かう海流に運ばれて、当時は陸続きだった東の2島(サン・クリストバル島、エスパニョラ島)に漂着したと考えられています(図2)。その後、中央の3島(サンタ・クルス島、フロレアナ島、ピンソン島)が連なった島に移動し、さらにイザベラ島へ、また、サンチャゴ島からもイザベラ島北部へと移動したと推定されました。離れたエスパニョラ島からピンタ島へは、海流に乗って渡ったようです。サンタ・フェ島、フロレアナ島からは19世紀前半に人による乱獲で、フェルナンディナ島からは火山の噴火により絶滅したとされています。

(図1)ミトコンドリアゲノム全遺伝子の比較に基づく、ガラパゴスゾウガメの系統関係

ピンタゾウガメは、距離の離れたエスパニョラゾウガメに近縁であることがわかった。枝の色は図2の地図の島に準じる。

(図2)ガラパゴス諸島とゾウガメの移動の推定経路

矢印は系統関係から推定された移動経路。かつては東の2島と中央の4島はそれぞれ陸続きで、離れた島へは海流に乗って移動し、それぞれの種が分かれた。サンタ・フェ島、フロレアナ島では1800年代に絶滅したとされ、フェルナンディナ島では最近固有種の生き残りが発見された。

また、100歳を超える長寿に関連する遺伝子に注目した解析も行われました。病原体から身を守る免疫については、侵入を防ぐ自然免疫に関わる遺伝子が増えていました。また、がんの予防に関わる腫瘍抑制遺伝子には、ゾウガメに特有の変異や数の増加が見つかり、がんにかかりにくい性質を示しました。さらに老化と関わるDNAの修復遺伝子やテロメアの維持に関わる遺伝子、ミトコンドリアにある解毒機能の酵素にも特徴が見られました。これらの遺伝子が寿命にどう影響するのかはさらなる研究が必要ですが、ガラパゴスゾウガメを知ることで、ガラパゴスを再びゾウガメの島にする試みにつなげようとしているのです。

4.自然遺産としてのガラパゴス

ガラパゴス諸島の陸地の97パーセントを占める国立公園は、1978年にユネスコの世界自然遺産第一号に登録されました。その結果、観光業の成長に弾みがつき、人間の往来が活発になり生態系を脅かす状況になったのです。そこで1998年には、移民の制限などを含む環境保全を目的とした「ガラパゴス保護法」が制定され、2001年に海洋保護区も世界自然遺産となりました。ところがその後もナマコやサメなど輸出目的の商用漁業のための乱獲が続き、2007年には、観光地化に伴う環境汚染や人口増加、海洋資源の損失により「危機遺産」リストに登録されてしまいます。自然を侵食したり、変えたりすることなく、人間の活動、生存の権利を守ることは容易ではなく、保全に対する激しい抵抗も起きました。しかしガラパゴスは、人がそこに暮らすことを通して、人の手によって貴重な自然を守ることを選びました。2010年に危機遺産から脱し、住人に環境保全のための教育や就労の機会をつくることで、故郷を守る意識を高める政策を進めています。身近な生きものに関心をもち、慈しむことが自然を守るために必要であることを、ガラパゴスの変化を見てきた人々は身に沁みて感じているのです。

 

5.再びゾウガメの島へ

1990年代後半から、島の環境を回復するために野生化したヤギなどの外来種を駆除するプロジェクトが開始されました。精力的な取り組みによって、ピンタ島は2003年にヤギのいない島と宣言されました。他の島々でも外来種から島を取り戻す取り組みが進み、ゾウガメの帰還を通じた生態系の回復を目指したプロジェクトが行われています。研究所で親ガメを保護し、繁殖により生まれた子ガメを育成して、島に戻す再野生化の取り組みです。失われた種を人の手で再生するのではなく、それぞれの島の生態系に合わせて進化してきたゾウガメが、再び自然の中で役割を果たすことを目指しています。ゾウガメはガラパゴスの島々において、摂食と種子散布により植生の循環をうながし、景観と在来種を守る「生態系のエンジニア」と呼ばれています。実際、再移入が試みられた島では、驚異的と言われるほどに景観が回復しているのだそうです。

6.ジョージの残したもの

ピンタゾウガメは、ロンサム・ジョージの死をもって2015年にレッドリストで絶滅と記載されました。その一方で、ガラパゴスゾウガメの保全は徐々に実を結んできています。 エスパニョラ島のエスパニョラゾウガメは、1960年代に、オスが2頭、メスが12頭にまで数を減らしていました。そこで1976年に米国の動物園で飼育されていた80歳を超えるエスパニョラゾウガメのオスをジョージが暮らしていた研究所に連れ戻します。ディエゴと名付けられたこのオスガメと残っていたメスとの繁殖は成功し、先に放たれたその子孫たちは2020年には2,300頭に増え、親ガメたちも島に返され、自然の集団として3,000頭にまで回復しました。ディエゴは今も故郷のエスパニョラ島で暮らしているのです。 また、調査による再発見も相次いでいます。絶滅したカメの標本のみが知られていたフェルナンディナ島では、メスガメ1頭が発見され、2021年に標本と同種のフェルナンディナ島固有種と判定されています。ジョージと同じ最後の生き残りとして保護されましたが、島ではまだ探索が続いています。また、2020年にイザベラ島のウルフ火山で行われた調査で、1800年代に絶滅したフロレアナゾウガメの血を引く20頭のカメが発見されました。さらに、ロンサム・ジョージと同じピンタゾウガメのゲノムを16%もつメスガメも発見されています。かつての人間による移動で雑種となった生き残りたちが、血筋をつないでいるようです。

人間の手によって破壊された自然を人間の手によって取り戻すことは難しく、正解はありません。それでも、生きものを知る科学と自然の中に暮らす知恵をつかって生きていくことが、生きものとしての人間のあり方でしょう。ジョージのゲノムに刻まれた物語を通して、ガラパゴスから地球と私たち生きものの未来が見えてくるはずです。



 

参考文献


Poulakakis, Nikos, et al. Colonization history of Galapagos giant tortoises: Insights from mitogenomes support the progression rule.
J. Zool. Syst. Evol. Res 2020 58(4) :1262

Quesada, Víctor, et al. Giant tortoise genomes provide insights into longevity and age-related disease.
Nat. Ecol. Evol 2019 3(1): 87

Resurrecting the lost giants of the Galápagos National Geographic 2025 September

ロンサム・ジョージの大いなる遺産Nature ダイジェスト 2012 9 (10)

特定非営利活動法人日本ガラパゴスの会

ガラパゴス保護協会 Galapagos Conservancy

 

  

 


 

季刊「生命誌」をもっとみる

映像で楽しむ