LECTURE & TALK
生命科学から味わう謎解きの楽しさ
LECTURE & TALK
生命科学から味わう謎解きの楽しさ対談
1.物理の世界から生き物を見る
永田
僕は今、生命科学の研究をやっていますが、実は近藤さんと同じでもともと物理を研究していました。だから一見複雑な現象を単純な原理で説明できると、パズルを解いた時のような快感を覚えます。今日の近藤さんの講演内容はまさにそういう内容でした。
生き物の体にある複雑な構造を見ていると、なぜこんな物が作れるのかと不思議に思います。でも実は原理自体は非常にシンプル。それがわかると改めて美しいと感じます。
講演を聞いて私自身いろいろと感じることがあったので、これから近藤さんの意見をお伺いしていきます。
永田
まず今日話された魚の模様の原理はアラン・チューリングの簡単な偏微分方程式から来ていますね。近藤さんが出された論文がこれです。1995年の『Nature』に載ったものですが、すごく単純な論文で、たったの4ページ。どのくらいの文字数で書かれたか、わかりますか?
近藤
1000ワードちょっとぐらいじゃないですかね。
永田
よく知ってるなあ。僕、あんまり単純な論文だからつい、よせばいいのに文字数を数えました。(笑)1053ワード。多分ワトソン、クリックの書いた有名なDNAの論文よりも文字数が少ないですね。
近藤
絵が多いですから、文字はいらないです。だって、魚の模様がジッパーが開くように変化していくという写真があれば誰にでも言いたいことが伝わるので、文字で説明しなくていい。
永田
われわれ研究者っていうのは生涯1度か2度は『Nature』、『Science』という雑誌に論文を載せてみたいと思うもので、文字数が少なければ少ないほどインパクトが高くてより良いという感覚があるんです。これはまさにそういう論文になっていると思っています。
2.天才物理学者 アラン・チューリング
永田
それで、この研究にはアラン・チューリングの研究が関わっていますね。チューリングって非常に不思議な人ですよね。
近藤
アラン・チューリングはコンピューターの生みの親として有名な人です。コンピューターという概念を生み出したのがチューリング。とにかく天才でした。中学生の時に自分のお母さんに、「アインシュタインの論文を読んだんだけどこの論文のこの辺りの説明がよろしくなくって、俺だったら修正してこういうふうに書く」っていう手紙を書いています。お母さんも困ったでしょうね。
永田
実は私も大学の4回生の時にチューリングマシンを作ろうとしたんです。うちのラボは物理の理論の部屋だったので、卒業研究として。
近藤
作ろうとしたんですか。
永田
万能チューリングマシンっていうモデルのプログラムを研究室の福留秀雄が書いて。それを本当に実現できていたら世界最初の電子計算機になっていたけれど、われわれの知識では実現できませんでした。結局ステレオデッキ1台買ってもらって、分解しただけで終わりましたね。だから僕にとってもチューリングは、思い入れのある人物です。
3.サイエンティストの使命の一つ
永田
近藤
そうです。
永田
一般には知られてないけど、研究に惚れたからこの方をなんとか残したいっていう気持ちが近藤さんの活動から伝わってきますね。

近藤
講演でお見せした貝のシミュレーターの基となった岡本先生の論文は1988年に発表されましたが、僕がそれを知ったのは2010年ごろでした。
彼の作ったモデルだけで、あらゆる貝の構造を説明できる。最初は理解できていませんでしたが、自分でプログラムを書いて初めてその凄さに気がつきました。
永田
研究には時の運があると感じさせられますね。個人がコンピューターを自由に使えるようになって初めて岡本さんの研究が日の目を浴びたわけで。
近藤
チューリングの方程式で全ての生き物の模様を表せるのと同じような感動がありましたね。こりゃすごいと。こんなに凄いのに当時はまだ誰もその凄さに気がついていませんでした。そこもチューリングの時と似ていますよね。それじゃあ僕はどうしたらいいのか。
つまり岡本先生の作ったモデルがどれだけ素晴らしいのかってことをなんとか世間に知らしめたかった。
本当にすごい人が正当に評価されれば良いのですが、意外と見過ごされてしまい、そうでもない人が偉くなったりしますから。
永田
こんなこと言って大丈夫かな。(笑)
近藤
本当に素晴らしい発見した人は有名になってほしい。だから僕はいろんな場所で貝の話をしています。
永田
われわれサイエンティストは問題を解くことも非常に大事だけれど、自分がやっている研究にはどういう歴史があるのかを意識する必要があると思います。若い研究者にはそういった意識があまりないのではないでしょうか。
以前ある講演で私の専門分野のタンパク質研究について話す機会がありました。そこでタンパク質研究の経緯や歴史を全部しゃべりました。これだけの歴史がある上に、今、皆さんがやっている研究あるということを知ってもらいたかった。若い研究者を中心に好評でしたよ。
近藤さんが気にしているように、学者や研究が埋もれないようにすること、過去の研究があったから今このことがわかっているんだ、ということを言い続けていくのもサイエンティストの1つの大きな使命だと思います。
近藤
歳を取ってくると、そういうこともしなきゃいけないなって思います。あんまり若いうちからそういったことに打ち込む必要もないと思いますけどね。
4.面白い「問い」に出会うには
永田
岡本さんの話があったから貝に興味を持ったのですか。
近藤
そうですね。
永田
では、チューリングについては?
近藤
魚の模様に興味を持ったのは、水族館でナポレオンフィッシュの模様を見て、不思議だと思ったのがきっかけでした。どうやったら、こんなへんてこな模様が描けるのかずっと考えていたんですよ。でもひと月ぐらい思いつかなくって。諦めそうなタイミングで、チューリングが既に答えを出していることを知りました。負けたって思いましたね。でも、生物学者の誰も信じていなかった。じゃあ信じられるようにしようと思ったのが僕の研究の始まりです。

永田
講演で一番初めに、謎があるから楽しい、面白いって言っていましたね。だけど、一般には謎を見つけることって難しいんですよ。
近藤
自分の中で漠然とした疑問を抱いていないと、目の前に面白い謎があっても気がつけないんですよね。水族館で同じ魚を見る人は何百万人といる。でもそこで、この模様はどうやってできるんだろう? と、不思議に感じられないと多分駄目で。
永田
本当にそのとおりで。近藤さんは「謎」と言いますが、私は「問い」ということをよく言います。この生命誌研究館で大事なことは、一つでも問いを持って帰ってもらうことです。来館者が、展示を見て、「わかった」と満足するだけでなく、そこで自分だけの「問い」や「謎」、「なぜ」に出会えるきっかけになるような場でなくてはなりません。でも、なかなか謎に興味を持ったり問いを見つけたりするのは難しい。
近藤
道筋を作り過ぎると、それから外れて考えられない。するとその人の科学がなくなるんですよね。その辺りは多分、見る人が疑問を持って面白さに気づく経験をしないといけないと思うんです。
永田
これは学校教育にも同じことが言えると思っています。近藤さんはどうお考えでしょうか。
近藤
興味がなければそもそも始まらない。例えば、なんでシカは速く走れるのだろう?という疑問を持てたら理由を探すことができますが、足が速いのは当たり前のことと思っていたらもうそこから発展しませんよね。当たり前ですが、その「なぜか?」という疑問を持つことによって初めて見えてくるはずです。
永田
なるほど。では疑問を持つにはどうすれば良いのでしょうか。
近藤
その辺りは多分、経験をしないといけないと思います。やったことない人には想像もつかないと思いますが、考えたら答えが見付かるぞという経験を沢山すると考えるのが楽しくなるんですよ。
答えが見つからなくてモヤモヤする時間というのはきっと苦痛ですが、ゴールがあると思えば諦めずに考え続けられる。そのゴールまでたどり着いた経験がどのくらいあるかで、どこまで息を止められるのかが決まるのかなと思っていますね。
永田
どうすれば若い人に「問い」を持つことに興味を持ってもらえるのか、これは大事なことです。初等、中等教育でもそうですが、若い研究者に対しても言えます。近藤研究室に入ってくる若い人たち、大学院生も含めて、学生に対してどういう態度でその研究をサポートしているのでしょうか。
近藤
僕自身が何も言われたくない人なので、学生の研究にはあまり自分から口を出しません。なので初めの頃は見守っているだけでしたが、それだと何もできずに終わってしまうか、よその道に逸れてしまう人が続出してしまいました。
それで考え直して、ちゃんと分子生物学の基礎を身に付けられるような研究を最初にやってもらうことにしました。
その頃には黒田純平くん(現形態発生研究室 室長)をはじめとして、ちゃんと自分の考えで遺伝子を使って研究をしているスタッフがいたので、学生には彼らから基礎を学んでもらうようにしました。
永田
スタンダードな研究をするためのノウハウや考え方が身に付かないと、ユニークな研究なんて急には出来ないですからね。
近藤
そうです。もっと変わった研究をしたいという人がいれば、僕と組んでやってもらいます。その時には、「ほんとうにそれでいいのか?」って問いただして。それでもやりたいという人にだけやってもらいました。
5.秘密の研究
永田
近藤さんは、ノーベル賞を取られた本庶佑さんの元で研究していましたね。本庶さんというと、偉いのはもちろんですが、われわれの間では非常に怖い先生として有名です。近藤さんはこの本庶さんのラボにいながら全くの内緒で研究をして、まさにその論文が『Nature』に載ったんです。尊敬しますが、度胸がありますね。結局、バレて追い出されてしまいましたね。(笑)
近藤
普通はしないですよ、そんなこと。
永田
普通はしないよな、あそこにいたら。(笑)
私は学生たちに「1つでいいから俺に内緒でなんかやれ」と言っています。わざわざボスには言わなくてもいい。でもなんか1つは自分でやりたい研究を見つけてやっておけと。
近藤
それはどういった意図で?
永田
研究というのは上手くいかなかったりつまづくことがありますよね。その時1つの研究しかしていない状態だと、逃げ道がなくて何カ月か暗黒世界に閉じこもっちゃう。実際、私に知らせないで隠れて研究をしていたおかげで、うまく軌道修正できて成功した奴もいます。彼は新しい遺伝子を一つ見つけて、その機能を明らかにしまいた。
近藤さんのところにも「ボスに隠れて好きな研究をする」というような学生がいましたか。
近藤
僕は変なことをやったら喜ぶので、学生は隠す必要が全くないです。でも論文が仕上がってから持ってきた学生も1人だけいました。カブトムシの幼虫が穴を掘る時に大車輪回転をしながら掘るっていう内容。そんな面白い研究を隠れてしていたなんて知らなかったです。論文が書けましたので読んでくださいって、研究が全部終わってから持ってきたんですよ。面白いし、びっくりしました。論文はNatureとは行きませんでしたが、Scientific Reportsという雑誌に載りましたよ。https://www.nature.com/articles/s41598-021-93915-0
永田
それはすごいですね。
近藤
本庶先生から僕、僕からその学生。「教授の知らない研究をやった」ことが2代続いたことについて、NHKで特集されました。番組内では本庶先生がそのことについてどう思っているのかのインタビューもありましたよ。実は、その放映を本庶先生と一緒に見ました。
永田
それはいいな。その場面をカメラで撮るべきだな。
近藤
恐ろしかったですけどね。
6.生命科学に数学は必要か
永田
「数学ができないと理系に行けない」という思い込みをしている方は非常に多いと思います。例えば子どもが理系に進みたいと言った時に、親が「でもあんた数学苦手じゃない」と言ったりする。でも実際には、生命科学の研究で数学を使う場面ってほとんどないんですよ。近藤さんは、数学が分かってないとチューリング・パターンを理解できないので例外です。
近藤
僕は微分方程式の意味が分かってそれを計算できるぐらいなものですよ。
永田
この例外である近藤さんから、生命科学と数学の関係について聞かせてください。
近藤
実際、生命科学で使う数学なんてほぼありません。でも数学を学ぶ、問題を解くというのはやるといいです。
数学っていうのはパズルだと思っています。問題、つまり謎ですよね。解けたらうれしい。数学の問題を解いているうちに、日常で分からないことがあった時に自分で考えてみたら解けるかもしれないと思うようになる。頭を使うことがあんまり苦痛でなくなる。その訓練のためにやるのだと僕は思ってます。
永田
プロセスをいかに楽しめるかということは大事ですね。高校までの数学は大学入試を見据えて学ぶので、楽しむよりもいかに正解にたどり着くかにかたよってしまう。
近藤
入試のための数学は、ある程度解き方を覚えちゃえばいいんですよね。プロセスは意識されない。
永田
解き方を理解しただけでわかった気になる人がいますが、解き方を知ることと自力で解いて理解することは全くの別物だと知ってもらいたいです。
近藤
自分でちゃんと解いた時しか楽しくないですよね。
永田
ただ、私自身このプロセスが楽しいと言えるようになるまでには随分時間がかかりました。近藤さんは、問題を解くことの楽しさが実感できる話を中学生にする場合はどんな話をしますか。
近藤
一番適しているのは貝の話です。
僕が中学、高校生相手に講演するときはまず、紙粘土を渡します。次に、この粘土を使ってなるべく楽に巻貝の形を作るにはどうやったらいいか問いかけます。大抵の人は円錐を作って巻こうとしますが、上手くできません。巻く時にひねりながら巻かないといけないんです。それが実際に作ってみるとよくわかります。そこから貝のシミュレーションにひねりのパラメーターが必要なことを理解してもらう。自分の手で、その発見をしてもらいたい。
永田
すごくいい方法ですね。だけど、それを実感してもらえるまでこちらが待てるかという問題もあります。
近藤
そこは教え方ですかね。本当は自分でプログラムを一から組めるのが理想ですが、それもなかなかできないので、難しいですね。
永田
今日一番印象的だったのは、「この研究をすることで社会にどう貢献する」という話をしないことでした。文科省の科学研究費の配り方は「この研究によって社会にどんなメリットをもたらすのか」を大事にしているので、真逆です。
最後にメッセージとして、役に立つ研究とはどういうことだと考えておられるのか、近藤さん自身のお考えを聞かせてください。
近藤
なかなか国立遺伝学研究所の所長としては言いづらい話題ですね。(笑)
永田
でも言わないといけないことのはずですから。
近藤
その研究は何に役に立つのかと言われたら僕は、「人類の英知を広げるのに役立つ」と答えます。
天文学者の方に、宇宙を理解する研究の場合、科研費の申請をする時にどう書くんですか?と聞いたことがあります。その方は「宇宙を理解することは人類の夢であると書く」と。その言葉にすごく共感しましたね。この研究してなんか文句あるのかっていうことです。
永田
物理的な豊かさに貢献するような研究ももちろん大切ですが、精神生活を豊かにする研究も大事だと思います。ものごとの理(ことわり)や、純粋に「なぜ?」を問い続ける研究がいかに有意義かを多くの人に実感してほしいです。
撮影:コジマスタジオ
質問タイム
会場の参加者との語り合い
Q1
アラン・チューリングが1952年に提唱し、近藤先生が実証した1995年まで、約40年ものブランクがあったことに驚きです。その間に他の研究者が誰も実証できなかったのはなぜでしょうか?
近藤
いろいろな要因が考えられますが、最も大きいのはパソコンがなかったことでしょう。最初の20年間はパソコンがありませんでした。パソコンが使えるようになって1970年代に再発見され学会で発表されましたが、当時は実証が伴っていなかったため「そんなわけあるか」と、あまり受け入れられませんでした。信じていたのは数学者と物理学者ぐらいで、生物学者は実証のない研究について理解しなかったし、見向きもしなかった。そういう不幸な時代があったためにそれだけの期間が空いたのだと思います。
Q2
お二人は科学研究とは関係のない分野にも広く興味を持たれているからこそ発見があるのかなと思いました。若い人に向けて、専門分野の他に興味を持ったり学びを得ることで、プラスに働くというお話があれば聞きたいです。
近藤
僕はそんなに多趣味じゃないと思っています。趣味といったら釣りぐらいで、魚の研究と似たような物だし。美術についても、エッシャー以外は詳しくない。強いて言えば、推理小説とかミステリーを読むのが好きで、パズルとか謎が好きなんだと思います。だから本庶先生のところで免疫の研究をしていた時に趣味で魚の模様の謎を追ったのかもしれませんね。
永田
私は研究を始めるより前に短歌を始めました。日本には「この道一筋」の美学があると思うのですが、1つのことに没頭していないことを長いこと後ろめたく思っていました。どちらにも手を抜かずにやってよかったと思えるようになったのは50代半ばを過ぎてからです。
両方やりたいと思ったわけではなく、たまたま2つのことに興味を持ち、どちらも捨てられなかっただけです。私の場合は偶然どちらも上手くいったということだと思っています。私の研究室でも「僕も先生みたいに2つのことをやりたいです」っていう学生がいましたが、全く勧めませんでした。
Q3
生き物の模様の話が非常に面白かったです。
近藤先生が動物、例えばヒョウやトラを見た時、先生が開発したシミュレーターに
なぞらえて「この模様はこうなっている」とわかるのでしょうか?
近藤
一番研究に没頭していたときはどんな模様を見ても「これはあのパラメーターが0.342ぐらいだな」とかがわかりました。生き物に限らず、何か模様を見たときにパッと考えてしまう時期があって、そこまで行くともう狂気的なので自分でもやばいと思いました。(笑)

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