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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2020.08.17

猛暑の中でマンモスについて考える

長女が出版社からの依頼で翻訳をしたドキュメンタリー『マンモスの帰還と蘇る絶滅動物たち』にゲノム編集やクローン動物づくりの話がたくさん出てくるので、監訳という形で関わりました。著者はT・コーンフェルト、スウェーデンの女性科学ジャーナリストで、これがデビュー作とのことです。世界中で、さまざまな絶滅種の復活を願って具体的に活動している研究者たちを訪ね、研究の現状と彼らの思いをていねいに聞き、これらのプロジェクトの意味を考える、興味深い本です。マンモスだけでなく、リョコウバト、キタシロサイ、ブカルド(スペインの山ヤギ)など、さまざまな生きものたちを蘇らせようとするプロジェクトがこれほど動いているとは知りませんでした。ニワトリを使って恐竜を蘇らせようというのもあります。「野生化するヨーロッパ」という章ではヨーロッパの森や野生動物復活の現状も語られます。

研究室でゲノム(DNA)を扱って絶滅種の個体を誕生させようというに止まらず、それを自然に戻すためのプロジェクトが動いているので、とくに、マンモスが走るツンドラをつくるために、シベリアに研究所を持って40年以上も活動しているジモフ親子の日常の努力には涙ぐましいものがあります。良し悪しを越えて肩入れしたくなります。

一万年かけての人間の活動が自然の豊かさを失わせてきたとの思いから、絶滅種を復活させようとする情熱はわかりますが、人間が自然をコントロールしようとしても無理ではありませんかという問いは当然出てきます。ただ、それを考えるためにも一つ一つのプロジェクト、一人一人の思いを知ることは大事だと思いました。これまで知らなかった具体的な研究や研究者の様子がわかり興味深いのです。

とくにびっくりしたのがクリの話です。「1876年、日本から来たクリの積荷という姿をして、アメリカに死がやって来た」と、その物語は始まります。日本のクリは小さくて美しく、実も成るので、果樹園に入れたところ胴枯病菌でアメリカのクリがどんどん枯れてしまいました。日本のクリはこの菌に耐性をもっているのです。DNA組換え技術を用いて絶滅したアメリカのクリの再生を始めてから25年。まだ露地には出せていません。「このようなプロジェクトは100年かかると言ってるんだ」。これが正しいのでしょう。

自然は変わるもので、どれが本当の自然とは言えません。でも、自然が自然として変化していく時間と、人間が事を変化させる時間とのずれが激しいので、生きものが生きにくい状況になっていることは確かです。そしてそれが人間をも生きにくくしていることも。そのうえで、人新世と言って20世紀後半の激しい変化が新しい地質年代を生んだなどとうそぶいていてよいのかなと思います。

マンモスの復活の中心になっているのはゲノム研究でよく知られるブロード研究所(MITとハーバード大学共同)のジョージ・チャーチ教授です。アジアゾウの毛を長くし、牙を大きくしてマンモス風にというのが具体的な計画ですが、それを考える中で、さまざまな問題提起をしていくことになるのでしょう。

性急に○か×かと言わずに、一つ一つを丁寧に見て、生きものとは何かを考えていく必要があります。面倒なことに向き合う時代になったなあと思いますが、そこに巡り合ったのですから生きやすい社会にするよう考えることを楽しもうと思います。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶