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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2021.02.01

「私たち」という言葉

寅さん仲間がいらっしゃることもわかりましたので、寅さんを忘れずに、コロナには振り回されず過ごしていこうと思います。

COVID19のパンデミックも二年目に入り、いつ、どのように収束するとしても、今後の暮らし方を考えなければならないと思っている方は少なくないようです。そこに是非生命誌を活かして頂きたいと思っておりますので、小さな提案を少しずつしていきたいと思います。

今日は「私たち」です。私たちはよく「私たち」という言葉を使います。

私たちって一体誰なのでしょう。私自身が使う時のことを考えてみます。

まず大きいところから行きますと、私たち人類でしょうか。20万年ほど前にアフリカで誕生したホモサピエンスが地球のあらゆる場所に広がっていったのですから、その間に生きた歴史の中の人々はすべて私の仲間です。

次に、今地球上で生きている78億人ほどの仲間が浮かびます。暮らす場所によって肌の色が違い、さまざまな歴史、文化を持っていますが、ゲノムを調べれば一つの種と分かります。現代人です。

それから、私たち日本人です。国家を厳格に考えると面倒ですが、3万年ほど前の移住以来、日本列島にやってきて暮らしている人です。恵まれた自然(少なくともこれまでは)に培われた文化を持つ仲間です。私がこれからの暮らし方を考える時は、やはり日本人としてということになるでしょう。

日常では、職場や学校や地域の仲間があります。あまり私たちとは言わないかもしれませんが、家族は一番近しい、大切な「私たち」です。

実は、生命誌の場合、私たちには生きものたちが入ります。38億年もの長い歴史を共有する仲間です。COVID19が教えたようにウイルスも存在する生態系を構成する「私たち」の一員としては、地球環境のありようを考えざるを得なくなっています。

繰り返します。私たち生きもの、私たち人類、私たち現代人、私たち日本人、家族、クラスメイト、サークル仲間、職場の同僚など日常を共にする仲間である私たち。「私たち」にはこのような多層構造があることをいつも意識していることが、これからの生き方を考える時の基本になる。これに尽きると思っています。ここでは意図的に大きな方から入りましたが、日常はもちろんいつも一緒にいる仲間との私たちとして生きる気持が基本です。ただその小さな仲間のことを考えるあまり外の人を排除することになったら、上手な生き方はできません。夕食の支度をする時、無意識のうちに世界のあちこちに飢えに悩む子供がいることが自分と無関係ではないと分かっていると、食材を無駄にはできなくなります。すべての人が祖先を同じくしていることが体得できていれば、特定の国の人に向かってヘイトスピーチをするなどあり得ません。

こんな「私たち」意識を持つ人達の作る社会。「私」でなく「私たち」から始めることが大事だと考えています。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶