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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2021.06.15

生命誌の中の植物

「脱炭素」という言葉への抵抗感を整理するには、どうしても植物に注目しなければなりません。そこで気づいたのが、生命誌は「人間が生きものである」ということに眼を向けてきたので、歴史物語を原則動物主体で描いてきたことです。もちろん植物を無視はしませんでしたが、環境として捉えたり、昆虫との共生や共進化の関係で見たりすることが多く、植物を主役には置かずにきました。けれども「脱炭素」という言葉に対して、「生きものは炭素でできていることに注目」という主張をしようとなると、主役は植物です。現在の生態系で考えるなら、なかでも樹木が中心にきます。「樹木が生まれ、存在し続けたからこそ、生命誌が描かれた」という視点で、考えをまとめようと思っています。

生命誌の中でエポック・メイキングと言える事柄については、これまで何度も取り上げてきました。最初はもちろん生命体(細胞)誕生です。その後、真核細胞誕生、多細胞誕生、上陸大作戦、ヒト(人間)誕生などに注目してきました。ここに、植物を植物たらしめている光合成は入っていません。生きものにとっての光合成の重要性は十分わかっていながら正面からとりあげずにきたのは、やはり動物に眼を向けていたからです。「光合成を主役とする生命誌」をまとめるのが今のテーマです。

38億年前、海で生まれた細胞は生きていくためのエネルギーを周囲の物質から得ていました。酸素はありませんから、活躍するのは主にイオウ化合物でした。これにはもちろん限りがありますから、この方法では生きものは早晩餌切れで終わりを迎えるほかなかったでしょう。そこに登場したのが光合成です。太陽光という無限(もちろん太陽にも寿命がありますが、数十億年という長い時間ですので)で地球のあらゆる場所に送られてくる(遍在する)エネルギーを利用し、巧みに炭素化合物を作り出したので、今も多様な生きものの世界が続いているのです。私たち人間もその中で誕生しました。それにしても、30億年以上前、生命誕生から数億年以内に光合成能が生まれたのには驚きます。仕組みを見ると、よくぞこれだけの仕組みが生まれたものだと感嘆する他ありません。生きものの世界を見ていると、「確かにそれは存在するのだから起きたに違いないのだけれど、それが起きたとは信じられない」と思うことがよくあります。そもそも、生命誕生からして、よくぞと思いますもの。

誰もが知っているあたりまえのことですが、これからの社会を考えるにあたっては光合成に注目です。暫く生物学の復習をしながら「あたりまえで新しい生命誌」を考えていきます。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶