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研究館より

表現スタッフ日記

2021.10.01

となりの生命誌

新型コロナウイルス感染症が現れてからというもの、未だかつてないほどウイルスを身近に感じてはいませんか。マスクで防御し、手洗いで排除する日常で、ウイルスは怖いものという印象がすっかり染みついている人も多いかもしれません。でも実は、私たちの体の中には数十兆個ものウイルスがいることがわかっています。人の細胞に感染して病気をおこすウイルスは必死に探し出して防御しなくてはなりませんが、その陰に何の悪さもしない名もなき無数のウイルスがいるようです。大腸や口の中、皮膚などに共生しているバクテリアに感染するウイルスもたくさん見つかっています。

ウイルスは、それ自身では増殖ができず、他の生物の細胞に寄生し、タンパク質の合成システムを乗っ取ることで、次世代を増やします。全てのウイルスには宿主がいて、多くのウイルスは特定の宿主にだけ感染します。バクテリアに感染するウイルスはバクテリオファージ、アメーバーのような単細胞生物にも、植物、昆虫、哺乳類にもそれぞれにウイルスがいます。つまり私たちが見ている生きものの世界と同じくらいの、もしかしたらもっと多種多様なウイルスワールドがあるのかもしれません。そんなパラレルワールドを思い描いて、今年の紙工作のテーマは「となりの生命誌」としてみました。生きものの傍らでともに進化してきた長い長い歴史がきっとあるはずです。

6月に公開した「となりの生命誌」は、タバコモザイクウイルス(TMV)です。その名の通り、タバコの葉をまだら模様にする病気のウイルスで、19世紀に重要な栽培作物であるタバコをダメにする犯人探しの末、最初のウイルスとして発見された科学史上もっとも有名なウイルスの1つです。ゲノムであるRNAをらせん型状の繊維に巻き込んだ単純な形で、130個円盤が重なってつくられます。さすがに130個の円盤をカードにつけるわけにはいきませんが、ただの筒ではつくり甲斐がありません。そこで今回は思い切って、「ウイルスの組み立てを体験する」という工作にしました。カードに付いている部品は、1982年にタンパク質と核酸の立体構造研究でノーベル賞を受賞したアーロン・クルーグが考案した、TMVの再構成モデルの一部です。毎号楽しみにしてくださっている皆さんには、それだけで完成品でない工作をお届けすることになりたいへん悩みましたが、TMVのかたちに込められた物語を実感するにはこんな表現もあるのではないか、と決めました。

TMVの結晶構造を最初に決めたのは、DNA二重螺旋構造の発見を決定づけたX線結晶構造回析写真を撮ったロザリンド・フランクリンです。フランクリンは、ワトソン、クリックのDNA二重螺旋のノーベル賞受賞(1962年)を待たず、その栄誉にあずかることなく1958年に亡くなり悲劇の人とも言われますが、実はDNAを終え、新たな目標であるTMVの回析のため、機器を導入しチームを集めて果敢に研究を続けていたのです。クルーグはその共同研究者で、フランクリンの遺志を継いで構造回析を進めました。

ホームページで部品をダウンロードしていただいて、台座の展開図についている延長パーツの用紙を3枚分印刷して、延長パーツを6本つなげると実際の240万倍のTMVがつくれます。ウイルスの立体構造の例として教科書でおなじみの図はその1部で、全長にお目にかかる機会はなかなかありませんので、これもぜひ実現したくて、ダウンロードのコーナーならではの企画としてチャレンジしました。自立するのはちょっと難しいのですが、本邦初(世界初かも!?)の全身立体像に、秋の夜長、ぜひトライしていただけると嬉しいです!!!

となりの生命誌2 タバコモザイクウイルス(TMV)はこちら


240万倍タバコモザイクウイルス、研究館のグッズコーナーに展示中です。

平川美夏 (全館活動チーフ)

表現を通して生きものを考えるセクター