1. トップ
  2. 語り合う
  3. 研究館より
  4. 「村」について 考えています

研究館より

中村桂子のちょっと一言

2021.11.02

「村」について 考えています

「一人の子どもを育てるには一つの村がいる」という諺がアフリカにあるそうです。米国初の黒人国務長官として活躍したコリン・パウエル氏が新型コロナウイルスに感染し、合併症で亡くなったことを悼む記事で紹介されていました。パウエル氏と言えば、イラク戦争を始めたことは過ちだったと認め、悔いている誠実さが印象に残っています。コリン少年が村の人々によって育てられ、責任感ある大人になっていく様子がイメージできていいなあと思います。ここは「一つの村」でなければ実感が湧きません。「一つの町」ではダメですね。「村」には自ずと発生した仲間という感じがありますが、町はすでに人工的です。

実は、奈良県の十津川村について知る必要があり、あれこれ調べたり話を聞いたりしているうちに、村での暮らしの中にこれからの社会を考えていくための鍵がたくさんあることに気づいたのです。アフリカの諺にもそんな中で出会いました。生命誌の視点での社会の見直しの、一つの切り口になりそうです。

町や市になると、行政上便利なようにつくられた集団となります。これまでも上からの指令で合併がくり返されてきました。一方村は、その場に自ずと生まれてきた集団であり、社会として必要な「つながり」が、意味のある形で存在しています。歴史を共有し、お祭りや日常の風習に地域独自のものがあって、それが大切にされています。地域に根差し、時間をかけて作られたつながりがあるので、自ずと「皆で子どもを育てる」場になるのでしょう。

歴史書を読むと、農耕社会になって定住が進み、穀物を基本に置く経済から国という構造が生まれてくる過程が描かれています。これまではこれを一万年も前に起きた歴史の一過程として受け止めてきましたが、ここでの変化が現在の社会のありようにつながるものと考えなければならないことに最近気づきました。国より前に村があるはずです。村はボトム・アップでできており、一人一人が重要なメンバーとして存在します。この、一人一人がつくりあげる社会から、支配するものとされるもののある社会へと変わった過程を考え直す必要がありそうです。それには、「人間とは何か」という根本的な問いに向き合わなければなりません。

生命誌として現代社会の問題点を見ると、西欧型文明がどうだとか、東洋がどうだとかという最近の話ではなく、一万年前から考え直さなくてはならないと感じてきましたが、「村」という切り口は面白そうです。現存の村にある、生きることの歴史に目を向けてみたいと思っています。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶