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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2021.12.01

懐かしさが新しさにつながる

村について考えるきっかけになった奈良県の十津川村へ行ってきました。朝6時半に家を出て、東海道新幹線の25年以上毎週乗っていたのと同じ列車で京都まで。そこからは近鉄です。特急で1時間少しの「橿原神宮前」で、駅前に待っていた12時発のチャーターバスに乗って、十数人の仲間と一緒に十津川村をめざしました。日本一広い、具体的には東京都23区とほぼ同じ面積の96%が森林に覆われた急峻な山という村を北から南まで走る時間は、東京から京都までの移動時間よりも長いのです。

途中、「谷瀬の吊橋」という村民が自分たちのお金と自分たちの力で作ったという生活用としては最長という吊り橋を渡るなど(実は高所恐怖症の私は入口のところを歩いただけです)、村内の各所を見ながら行きましたので、宿に着いたのは夕方の5時でした。まる一日の旅です。

十津川村は初めて訪れたところですし、東京育ちで村になじみのない私ですが、村内を歩いているうちに、ふしぎに「懐かしい思い」が湧いてきたのです。

高層ビルが林立する東京からの新幹線は時速300キロ近く、近鉄電車、バスとだんだんゆっくりになり、最後は森の中へはいっていくという体験をしたことで生まれてきた懐かしさには二つあります。一つは、少しずつ時間がかかり不便になっていくにつれて、子どもの頃の世界に近くなっていったことによって起きた気持ちです。もう一つは恐らく、人類の故郷である森に囲まれたことによって起きた気持ちではないかと思うのです。個人としての懐かしさと人類としての懐かしさです。

気候変動とコロナ禍で、今の暮らし方を変えなければいけないと思いながら、便利さを求めて生まれた高層ビルの並ぶ場ではどうしたらよいのかが分からず皆が不安になっています。ところが、「不便さと森林」の中にいると自ずと明るい未来が見えてくるのです。懐かしさが新しさにつながって。村民の皆さんとお話しし、次の日開かれた「スローライフ・フォーラム」で語り合っているうちに、生命誌は「新しいこれからが生まれる村という場」で生かされる気がしてきました。

一週間に一本走るバスの運行表の脇に立って周囲を囲む山なみにかかる美しい雲を眺めながら、あれこれ考える時を楽しみました。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶