中村桂子のちょっと一言
2025.07.15
『沈黙の春』を読み返しながら
仕事の関係で、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』を読み返す必要が生じ、久しぶりにじっくり読みました。この本を書くきっかけは、野鳥保護で活躍している女性、オルガ・オーウェンズ・ハギンズからの手紙であることはよく知られています。そこには「大切にしている小さな自然の世界から、生命という生命が姿を消してしまった」という悲しい言葉が綴られていたのでした。そこでカーソンは、「明日のための寓話」を思い浮かべます。「町のまわりには、豊かな田畑が碁盤の目のようにひろがり、穀物畑の続くその先は丘がもりあがり、斜面には果樹がしげっていた」という町で、生きものたちが次々死んでいくという事態が起きます。
「沈黙の春だった。いつもだったらコマツグミ、ネコマドリ、ハト、カケス、ミソサザイの鳴き声で春の夜は明ける。(中略)だがいまはもの音一つしない」……「すべては、人間がみずからまねいた禍いだった」
『沈黙の春』が出版されたのは1962年であり、私が読んだのは、「生命科学」を始めた1970年頃でした。半世紀以上経ち、読むことになった今。
実は今年、去年まで我が家の庭で歌の練習をしていたウグイスくんがとうとう現れなかったのです。「ケキョ」から始まり、「ケキョ、ケキョ」……最後には「ホーホケキョ」とみごとな仕上がりになるのが楽しみだったのに。時に谷渡りもしてみせてくれて……懸命に応援する楽しみが消え、寂しい思いで春を過ごしました。そして夏、朝はうるさいほどの鳥の声の中で過ごすのがこれまででしたが、今、まったく声がしないのです。
60年以上たって、『沈黙の春』を体験しています。どこか涼しいところへ移って気持ちよく歌っているのだろうなと想像して気持ちを落ち着かせてはいますが、まったく鳥の声がしない夏の朝は、やはり異常です。これまでは「うるさいなぁ」と思うことも度々だったので、人間、勝手ですね。
オルガの手紙、「大切にしている小さな自然の世界から……」という言葉が身に沁みます。カーソンが指摘したような「化学薬品をまき散らす」という行為での「沈黙」は避ける方向に動き、改善されましたが、「エネルギー大量消費」というもっと本質的なことが原因で始まっている「沈黙」を避ける動きは見られません。新聞に「こども気温」という記事がありました。大人が31.1℃と感じる時、小さな子どもの位置では38.2℃なのだとか。これでは、外で元気に遊びましょうとは言えませんね。
カーソンは、誰かを悪者にしようとしたのではなく、「べつの道」を選びましょうと言ったのでした。それから60年間、地球環境という言葉はなじみになりましたし、政治家も企業の方もSDGsのバッジをつけています。でも、高速道路をこれまで以上のスピードで走ろうというところはそのままです。生きものの時間で歩く道を行こうという提案は、今またしなければいけませんね。
「沈黙の春だった。いつもだったらコマツグミ、ネコマドリ、ハト、カケス、ミソサザイの鳴き声で春の夜は明ける。(中略)だがいまはもの音一つしない」……「すべては、人間がみずからまねいた禍いだった」
『沈黙の春』が出版されたのは1962年であり、私が読んだのは、「生命科学」を始めた1970年頃でした。半世紀以上経ち、読むことになった今。
実は今年、去年まで我が家の庭で歌の練習をしていたウグイスくんがとうとう現れなかったのです。「ケキョ」から始まり、「ケキョ、ケキョ」……最後には「ホーホケキョ」とみごとな仕上がりになるのが楽しみだったのに。時に谷渡りもしてみせてくれて……懸命に応援する楽しみが消え、寂しい思いで春を過ごしました。そして夏、朝はうるさいほどの鳥の声の中で過ごすのがこれまででしたが、今、まったく声がしないのです。
60年以上たって、『沈黙の春』を体験しています。どこか涼しいところへ移って気持ちよく歌っているのだろうなと想像して気持ちを落ち着かせてはいますが、まったく鳥の声がしない夏の朝は、やはり異常です。これまでは「うるさいなぁ」と思うことも度々だったので、人間、勝手ですね。
オルガの手紙、「大切にしている小さな自然の世界から……」という言葉が身に沁みます。カーソンが指摘したような「化学薬品をまき散らす」という行為での「沈黙」は避ける方向に動き、改善されましたが、「エネルギー大量消費」というもっと本質的なことが原因で始まっている「沈黙」を避ける動きは見られません。新聞に「こども気温」という記事がありました。大人が31.1℃と感じる時、小さな子どもの位置では38.2℃なのだとか。これでは、外で元気に遊びましょうとは言えませんね。
カーソンは、誰かを悪者にしようとしたのではなく、「べつの道」を選びましょうと言ったのでした。それから60年間、地球環境という言葉はなじみになりましたし、政治家も企業の方もSDGsのバッジをつけています。でも、高速道路をこれまで以上のスピードで走ろうというところはそのままです。生きものの時間で歩く道を行こうという提案は、今またしなければいけませんね。
中村桂子 (名誉館長)
名誉館長よりご挨拶