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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2025.08.19

夏休みにゆっくり、ゆったりを実感しませんか

夏休みですね。子どもの頃、「夏休み日記」にお天気と気温を書いていましたが、30度という温度は一度あるかないか。とんでもない暑さだと思っていました。それが最近、ちょっと涼しいと思って温度計を見ると30と出ていたりして、驚いています。この暑さが続いて、ある日ドカンと寒くなるのではないかと恐れています。

お休み中の読書として、すぐには答えの出そうもないテーマの一つである「生命の始まり」を選びました。宇宙、生きもの、人間。どれも「始まり」が分かりません。無から宇宙が生まれたところがすべての始まりですが、これは物理学の方にお願いするとして、私にとっての一番のふしぎである「生命誕生」研究の最近の様子です。生命誌は、現存生物から戻って真菌細胞とアーキアという2種の単細胞生物までは到達でき、その前に全生物の共通祖先細胞(LUCA)が存在するところまでは辿ります。そしてこれが40億年ほど前には地球の海の中にいたというところから始まります。

ところで、最初の細胞はいつ、どこで、どのようにして生まれたのか。この一番知りたいところが分かっていません。宇宙から来たという説もありますが、私は地球で生まれたと思っています。

有力とされているのが、「深海にある熱水噴出孔」です。「季刊生命誌」でも紹介してきました。発見されたのは1977年。海底から鉄、メタン、硫化水素などを含む数百℃の熱水が噴出し、周辺には水素や二酸化炭素がたくさんあるのです。いかにも生きものが生まれそうな環境です。

次の候補が、「陸上の間欠泉」です。ここも熱水噴出孔と同じような環境である上に、温泉が噴出を止める乾燥時期もあることが注目されています。その時に物質が凝縮するので、生命体が誕生しやすいというわけです。

21世紀に入って、地下の岩石の中という考え方が出てきました。地下の岩石には、表面や隙間に「構造水」があり、しかも水素やメタンなど、生命誕生に必要な物質も豊富にあります。興味深いのは、地下から進化をしていないアーキアが見つかっていることです。日本でも、北海道の地下500メートルにある深地層研究センターから採った岩石にアーキアの存在を確認し、調べたところ、一億年以上前から進化していないことがわかったようです。アフリカから得られた20億年前の岩石も調べられていますので、そこからどんな答えが出てくるか楽しみです。岩石は年代が分かりますので興味津々、いろいろな可能性を考えるのは面白いですね。

「生命の起源の謎」が解けるのはまだ先のことかな、今回の読書の結論です。この謎には、ふしぎがあまりにもたくさん詰まっていますから。でも、だからこそさまざまな可能性を考えて、じっくり、ゆっくり取り組むことを楽しめます。

私たち自身が40億年の歴史をもつ生きものなのですから、ゆっくり考える豊かな時間をもつことが大事だと、「異常な暑さの夏休み」に考えました。この歴史を無視した最近の生成AIブームに大きな疑問符をつけながら。ただただ急いでどこへ行こうとしているのでしょう。歴史を大切にして、今を充実させるのが生きるということですのに。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶