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研究館より

ラボ日記

2021.10.15

機能選別実験がもたらすブレークスルー

多様な形の動物がどうやってできたのか? 多くの発生生物学者の共通の問いであるが、それぞれの動物のゲノムに共通の遺伝子セットが存在することが分かってきていることから、動物の共通祖先以前に形成された遺伝子が使われ方や相互作用を変えて、動物の形の多様な進化が起こったと、ざっくりとした説明がなされることが多い。この説明は動物の多様化の仕組みのひとつの側面としては正しいかもしれないが、初期に出揃った遺伝子の多様な使い回しだけが多様化の原因ではない。
私たちはポスドクの岩崎さんと数年来取り組んできたクモの初期胚の研究を仕上げるために蓄積している様々なクモ種のゲノム情報を解析している。遺伝子配列を比較すると、私たちが特定したオオヒメグモの初期胚に重要な遺伝子が系統内で独自に進化してきた遺伝子であることが分かる。既存の遺伝子から重複を経て逸脱し、新しい遺伝子が生まれ、その遺伝子がからだの形作りのプログラムの改変に関わってきたというシナリオが描かれる。通常そのような“変わった”遺伝子は機能が予測できないので特別の決意を持って機能選別実験(スクリーニング)を敢行しない限り解析対象とはならない。つまり、ある種だけに存在する、または、ある系統だけに存在する重要な遺伝子はなかなか簡単には見つけられない。進化の研究が進まない理由のひとつである。
話は変わるが、先日ノーベル賞生理医学賞の発表があった。ノーベル賞は機能選別実験を敢行し、重要な成果をあげた研究者が度々受賞している。今年もその例に漏れない。デビッド・ジュリアス氏は唐辛子の辛味成分に反応する遺伝子を、様々に異なる遺伝子断片を導入した細胞の選別実験で特定した。アーデム・パタプティアン氏は機械刺激に反応する細胞を使って、機能を抑制した際に機械刺激に反応しなくなる遺伝子を候補の中からひとつひとつ試して見つけた。
上述のオオヒメグモの遺伝子も、岩崎さんが遺伝子発現量の比較である程度絞り込んだ遺伝子の中からひとつひとつ遺伝子の機能を抑制することで特定した。ノーベル賞の仕事とは発見のインパクトは比べものにならないが、機能選別実験の成果がブレークスルーをもたらしていることに違いはない。

動物多様化の背景にある細胞システムの進化に興味を持っています。1) 形態形成に重要な役割を果たす細胞間接着構造(アドヘレンスジャンクション)に関わる進化の研究と、2) クモ胚をモデルとした調節的発生メカニズムの研究を行っています。