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研究館より

ラボ日記

2021.12.15

イチジクコバチに寄生するダニ

イチジク属植物(Ficus)とイチジクコバチ(Agaonidae)は子孫を残すために、互いに必須とする絶対共生関係を結んでいます。コバチは子供の餌資源を確保するために、イチジクに花粉を運び、イチジクは受粉を確実にしてもらうために、一部の花をコバチに提供するという、イチジクとコバチの絶対共生は数千万年の間に維持してきました。この共生関係は、恐らくバランスが取れたトレードオフのうえに成り立っているから、長く続いてきたのでしょう。しかし、第3者が侵入してきたらどうなるでしょう。安定した3者関係が新たに構築できるのでしょうか。以前、「イチジク属植物とイチジクコバチの共生関係を脅かすハエ類」というタイトルのラボ日記を書きました。ハエ類がイチジク―コバチの共生系に与える影響について、詳細な調査が行われていないため、まだ不明ではありますが、コバチの採集がますます困難になっているのは事実ですし、ハエ類、特にクロツヤバエはイチジク属の多くの種に寄生していることも我々の調査で分かってきました。これらのことはコバチの生息場が奪われていることを強く示唆しています。その一方、ハエ類がイチジクまたはイチジクコバチに利益を与えているような報告は全く見当たりません。

今回の日記では、イチジク―コバチの共生系における新たな寄生者を紹介したいと思います。10月末から11月初めの間に、佐々木綾子研究補助員が沖縄島と石垣島でオオバイヌビワコバチの採集に行ってきました。コバチのサンプルを処理している時に、コバチの体にダニが付いていることが偶然観察されたのです(図1)。コバチの採集はこれまでにも相当広く行われてきましたが、ダニは全く観察されていませんでした。ダニの寄生は最近の出来事でしょうか、それとも時期の違いのために、ダニがたまたま発見されてこなかったでしょうか。文献を検索したところ、見つかったのは2012年に発表された、ただ1本の論文でした。南アフカに生育するイチジクF. burtt-davyiの送粉コバチElisabethiella baijnathiに寄生するダニが報告されています(Jauharlina et al., African Entomol. 20, 101-110, 2012)。それによるとダニはイチジクの花嚢から花嚢へ移動するためのベクターとして、コバチを利用しており、ダニ自身は植食性で、花を摂食するそうです。今回発見したダニも恐らく自身の移動のためにオオバイヌビワコバチを利用していると思われますが、ダニの寄生によるコバチへの影響はないでしょうか。ダニに寄生されたコバチは未寄生の個体に比べ、イチジクの花嚢へのアプローチは鈍くなっているように見えたそうです。もし、コバチの行動がダニの寄生によって影響を受けているようであれば、今回採集したコバチの実験材料も使用できなくなるので、厄介な発見になってしまうのでしょうか。イチジクコバチに寄生するダニの研究者が増えることを期待しています。
 

図1.コバチの腹部に付いているダニ(佐々木綾子撮影)。

蘇 智慧 (室長(〜2024/03))

所属: 系統進化研究室

カイコの休眠機構の研究で学位を取得しましたが、オサムシの魅力に惹かれ、進化の道へと進みました。1994年から現在に至るまで、ずっとJT生命誌研究館で研究生活を送ってきました。オサムシの系統と進化の研究から出発し、昆虫類をはじめとする節足動物の系統進化、イチジク属植物を始めとする生物の相互作用と種分化機構の研究を行っています。