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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【ちょっと重い開く話】

1998.9.1 

 板門店へ行ってきました。このコラムのスタートの時に考えていた「開くということ」との関連で。38度線は地球上をグルっと巡る緯線で、日本列島で言うなら仙台、新潟、佐渡ヶ島のあたり。たくさんの国の中を通っているわけですが、朝鮮半島では特別の意味を持っています。そのあたりに休戦ラインが引かれ、一つの国、一つの民族が北と南に分断されてしまったからです。現地へ行ってみると、ラインの周囲は緑豊かな農村(実は、韓国が北朝鮮に素晴しい生活を見せるためのモデル地域になっているのですが)で、和やかさの象徴に見えます。しかも、38度線に沿って高い壁があるわけでもない。うっかり越えてしまいそうな高さ10センチほどのコンクリートがあるだけ。ですから、この近くでは決して走ってはいけないのです。勢いあまってちょっと足が出てしまったら休戦停止、・・・銃弾がとぶわけですから。板門店をはずれるとコンクリートもない。時々、「ここは休戦ライン」と書いてある看板が草むらや林の中に立っているだけです。でもその下には世界で一番の密度で地雷が埋っているのだそうです。
 一見、空間的には開いて見えるのに、北と南の間にはまったくコミュニケーションなしに、45年間も向き合ってきた。本当に両方の兵士がほんの数十メートルの距離で向き合っているのです。・・・たった一日訪れただけでは理解できない複雑な問題ですが、ただ一つ、何も通すことのない境界を作ることが誤りだということは実感できました。
 「開くということ」は、生物学を越えて、さまざまなことを考えさせます。ちょっと重い話になりましたが、今世界には重い問題がたくさんあるのです。

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