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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【ゲノムに書いてあることとないこと】

2002.8.1 

中村桂子館長
 ゲノムを「設計図」と表現するのが常識のようです。でもこれは少し違うでしょう。先日もゲノムを自動車の設計図に例えている映像を見ました。これって適切でしょうか。自動車の設計図は、部品のすべてがどこでどのように使われどうはたらくかがはっきりわかったうえで、それぞれをどう組み合わせるかを明確に描いたものです。自動車の幅も高さも、窓の大きさも、ハンドルの位置も・・・・・1ミリの狂いもなくできるように。
 一方ゲノムには、どんなタンパク質を作るかということと、それぞれのタンパク質がいつどんな風に使われるかについての大枠は書き込まれていても、私の身長や体重が決められているわけではありません(体重が書き込まれているのだとしたら、ダイエットの努力は空しいことになるじゃありませんか)。私のように美味しいものを前にして我慢するよりは少々の重過ぎの方を選ぶと甘く考えるのもゲノムのせい?
 たとえというものは難しいものですが、私は「設計図」よりは「お料理のレシピ」の方が、ゲノムのはたらきに合っていると思います。カレーを作るのならお肉とタマネギ、家庭ではニンジンとジャガイモもですね。塩、コショウ、カレー粉、ブイヨン・・・・・人によって月桂樹を使う人も、さまざまな香辛料を使う人もあるでしょう。ちらしずしを作るなら主材料はお肉でなく魚です。このように作るものによって大雑把な材料は決まっている。でもここで塩を一つまみとかコショウをパラリなど同じカレーでも少しずつ味は違うでしょう。でもカレーはカレー。ヒトゲノムというレシピででき上がるのはヒトには違いないけれど、塩味のきいたヒトもちょっと甘めのヒトも。どこでコショウをふったかで一味違うように、途中の様子ででき上がりは違ってきます。
 しかもレシピには材料と手順が書いてあるだけですが、どんなお鍋を使うか、コンロはどうか・・・・・レシピに書かれていないことでもお料理のでき上がりは変わってきます。ヒトでもゲノムに書かれていないこともかなりある。
 あくまでも例えですからすべてピッタリというわけにはいきません。ヒトとカレーを同じにしちゃいけない。でも感じはわかっていただけると思うのです。
 生命誌は、ゲノムに書かれた物語を読みとるということを基本に始めましたが、最近、「ゲノムに書かれていることといないことの関係」が面白いと思うようになりました。これが本当のテーマかなと思っています。脳などはまさにこれですね。BRHカードについているヒトの頭骨お作り下さいましたか。私はそれを眺めながら「ゲノムに書かれていることと書かれていないこと」を考えています。


【中村桂子】


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