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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【謙虚さと寛容が社会を救う】

2004.3.15 

中村桂子館長
 実はこの内容は、先日中日新聞文化面の「時のおもり」欄に書いたことと重なるのですがとてもとても大事だと思っているので、ここでも書くことにします。ある方の講演記録を読んで、とても印象深く思うと同時にちょっと驚きましたので、まず、最初の部分を引用します。
 「混乱の続く世界情勢の中で、いまこそ高い倫理観、価値観に基づくリーダーシップが求められています。そして今、何より求められている価値は、謙虚さ、謙虚な心を持つことです。若き日のベンジャミン・フランクリンは、成功するための価値として、勤勉、正直、倹約など十二項目をあげ、それを実行しました。ところが友人に、謙虚さという項目が不足していると指摘されたのです。そこでその言葉を加えたのですが、これはなかなかマスターできなかったと言っています。でも、それを装うことはでき、それでも役に立ったとも。装うだけでも相手の中に自分と共通するところを見つけようとするからです。謙虚さとは、単に敬意を表すとか、相手におもねることではありません。謙虚であるためには、相互理解、知識の共有が必要なのです。」
 この話をしているのは、どこの国の人だとお思いですか。ベンジャミン・フランクリンが登場しますからバレてしまったかもしれませんが、アメリカの方、米国アスペン研究所理事長のウォルター・アイザックソンです。アスペン研究所は、時代のリーダーを育てるエグゼクティブ・セミナーで有名な所であり、実はこれは、米国に倣って設立された日本アスペン研究所の五周年記念の会合での基調講演「謙虚さが世界を救う」の一節です。私もこの研究所のセミナーのお手伝いをしています。古典を読み、そこから現代を考えるセミナーでとても教えられることが多い会合です。
 アイザックソンは、ブッシュ大統領とテキサスの牧場で、長時間話したのだそうです。「アメリカは、国家としてあまりにも横柄過ぎる、もっと謙虚であるべきだと口を酸っぱくして言いました。でも今の外交政策には、謙虚さは少しも感じられません。せめて、らしく装うことはできるはずなのに。らしくして、他の国々の言うことに耳を傾け、他国との共通項を見出す努力をすべきです。それは、アメリカに非常にプラスになるでしょう。」
 新聞やテレビでの報道だけを見ていると、アメリカは横柄そのもので、力があるのだから何をやってもよいと考えているのではないかと思えます。そして、日本もそれに近い考え方を持つことが賢い選択だと言いつのり、そうでない人は現実を見ていないかのようにいう人が増えているような気がします。米国の人の口から、今、リーダーシップにとって最も大事な価値は“謙虚さ”であるという言葉を聞こうとは・・・ちょっとびっくりすると同時に、やはりこういう人が健在なのだとわかりホッとしました。もう少し引用を続けます。
 「同盟は、戦略的利害関係でつくられてきましたが、最も堅固な関係は、利害が一致した時ではなく、あるべき理想・理念を共有できた時にできるのです。」と述べ、かつて米仏が民主主義、自由、人権の尊重について価値を共有できた時同盟国になった例をあげます。そして、「二十世紀は自由が勝ったのです。それを支えたのは、他者への寛容でした。自由が勝つとは、こうした寛容、そして謙虚さを維持することです。共通の価値観を理解し、それに基づいて寛容と謙虚さを実践する。二十一世紀もこの理念は生き続けるでしょう」と締めくくっています。
 もう一度、引用の部分を読み直して下さい。アイザックソンは、米国の政策や社会について語っているのですが、これはそのまま、日本にもあてはまると思います。米国ほどの強大な力を持ってはいませんが、競争に勝つことが大事だというかけ声は、謙虚や寛容という美しい日本語を忘れさせます。
 国会という、相手の話を充分に聞いて、相互理解し、知識を共有し合って、その時得られる最もよい政策を考え出す場であるはずのところが、相手の話をまったく聞かないだけでなく、自らを十分に説明することすらしない場になってしまっています。同盟とは、利害の一致でなく理想の一致によってこそ固く結ばれるのだという言葉を噛みしめたいと思います。最近は、民主主義、自由、人権、平和などという言葉を使うとなんだかバカにする傾向があります。平和ボケなどと言って。謙虚が難しいのと同じように平和も難しい。ボケていてできることではありません。フランクリンの言葉を借りるなら、まずはふりをする努力でもよいかもしれません。凡人としては、ふりをするだけでも得るところありですよと言っていただくとホッとしますので。自然に接するとよいのは、どうしても謙虚にならざるを得ないことかもしれないとも思います。考えてみたいことです。
 
 
 【中村桂子】


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