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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【生活水準は下がらないと思うのです ― 成熟への提言】

2007.7.17 

中村桂子館長
 山崎正和さんは、同世代の中での知性の人の一人として尊敬している方です。日本では、なぜか理系、文系と分けられ、文系の人は自然科学はわからないと決め込んでいる場合が多いのですが、山崎さんは、文明だけでなく文化を考えるうえでも自然科学という切り口は大事と考えていらっしゃるので、お話するのが楽しいのです。
 7月2日の朝日新聞のコラム「都市集中」も興味深く読みました。集中は、現代文明の勢いであり、その中で行政が何かをしようとしても難しい。発想の転換が必要であるという提言です。対策の方向は二つあり、一つは都市集中をより賢明な形にすること、もう一つは時流に果敢な抵抗を試みることです。ところで問題は、このどちらを選ぶかを考える以前のところにある。つまり、こうした選択を行なう制度が民主政治にはないというところにあるという指摘は、なるほどと思いました。このような巨視的、長期的なことを考えるところがどこにもないというのです。私もそう思います。ここまで大きな問題ではありませんが、日頃、研究について、巨視的、長期的なことを考えるところがないのはなぜだろうと考え続けてきました。選挙で選ばれる人が政治を行なっている限り、巨視的、長期的視点はないのだとしたら、これは根本的課題ですね。この選択なしにこのまま流れていったらどうなるか恐いものがあります。かと言って民主々義を否定するわけにはいかないし。山崎さんはマスコミと非営利組織に期待するほかないと言われますが、マスコミも…。
 ところで、この二つの選択についての山崎さんの意見に、ちょっとひっかかりました。賢明な都市集中に対しては具体的イメージを出していらっしゃるのですが、果敢な抵抗の方については、「その場合私たちは生活水準を大幅に切り下げる」ことになるという言葉でまとめられているだけなのです。リーダー的存在の多くがこう考えているのでしょう。でも私の選択は抵抗の方であり、それは決して、生活水準を下げることではないと思っています。私の中でのよい生活は、まず、安全で安心で旬のものを食べること、自然に近い広々とした空のある空間に暮らすことであり、決してブランド品を身につけたり、高級レストランで稀少品を食べたりすることではありません。一極集中型でなく分散して暮らし、日本国内で自分たちの食べるものをつくる。これが高水準の生活を支える基本だと思っています。乱暴な計算ですが、日本の人口を全国に分散すると一県当り、250万人。つまり、一つの県に60万〜80万人都市を一つずつつくり、文化施設も整え、その周囲に小規模の町をつくればよいのです。ヨーロッパはこんな風です。成熟とはこういうことではないでしょうか。
 いつまでも成長し続けることはできない。集中型は相変らず成長を追っていますが、それは無理でしょう。他の生きものは成熟し、子孫を残すとそこで終るのですが、人間は成熟の時を楽しむという時間を与えられています。そこにこそ人間らしい生活があるのです。社会も成熟の方へ移るのがよいと思うのです。
 そう考えていたら信濃毎日新聞のコラムに進藤栄一筑波大名誉教授が、マネーゲームで奔走する米国型資本主義・民主々義でなく、ヨーロッパ流の成熟型資本主義・民主々義をと提案していらっしゃいました。


 【中村桂子】


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