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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【大阪だけは…】

尾崎克久
 学生時代に自分が研究材料として使っていた昆虫を採集するため、“全国採集旅行”に出かけた経験があります。マイカーで移動し、主にテントに宿泊する生活が、6月から8月にかけて続く長期戦というハードな内容でした。

 採集していた昆虫というのは、アメリカシロヒトリというガの幼虫です。ゴキブリの王座は揺るぎないものの、嫌われ者の昆虫としてかなり上位 に位置していますので、ご存知の方も多いと思います。アメリカシロヒトリの幼虫には、巣網を張って集団で樹木の葉を食べるという特徴があるので、食害を受けて変色している葉を探すことで簡単に見つかります。採集方法は、通 信販売で一世を風靡した高枝切りばさみを使って巣網のついた枝を切り落とし、小さな穴を開けたジッパー付きビニル袋に入れて持ち帰るという単純なものです。

 アメリカシロヒトリが好んで食す樹木というのは、サクラ・プラタナス・ポプラ・クワなどが挙げられます。いわゆる街路樹として道路脇や公園で利用されているものが多く、しかも成虫には光に向かって進んで 行く習性(走光性)が強いという特徴があるため、発生地は市街地に偏っています。そうなんです、この昆虫を捕まえるためには、人通りの多い街中で高枝切りばさみを担いで街路樹を見上げ、時折ニヤリと微笑んでは枝を切るという、傍から見ると非常にアヤシイ行動をとります。時は1996年、前年のサリン事件、そして容疑者の逃亡とオウム絡みの話題がとても豊富な頃でした。当然、一般の皆さんも“怪しい人物”には強い警戒心を抱いていました。

 巣網を探すときは、まず大通りや公園の場所を地図で調べて狙いをつけて、車でその周辺を走ってアメリカシロヒトリが好みそうな木があるか観察します。好きそうな木があったら、駐車場など車を置ける場所を見つけ、高枝切りばさみを担ぎ、歩いて巣網を探します。一本ずつ木を観察していると、気づいたときには 結構な時間が経っているものなのですが、時間がかかりすぎると危険が待っています。ふと周囲を見渡すと、3~5人程度の警察官に囲まれていて、「お名前を聞かせてください。」と質問されます。名前を答えると次は、「何か身分を証明できるものをお持ちですか。」と聞かれます。いわゆる“職務質問”の始まりです。何をしているのか説明しようとしても取り合ってもらえず、質問に答えるようにと言われます。質問の順番が決まっているのか、一通りの受け答えが完了してから「ここで何をしているのですか。」と質問されて、初めて状況の説明をさせてもらえるようになります。言葉遣いが丁寧で態度も紳士的な警察官ならまだ良いのですが、どちらかといえば不愉快な思いをした回数の方が多かったように思います。採集旅行中に何度となく職務質問をされたので、すっかり受け答えに慣れてしまって、ついには警察官に「話がスムーズ でよろしい。」と褒められるまでになりました。なぜこんなにも頻繁に職務質問を受けるのか聞いてみると、近所の住人から怪しい人物がいるという通報があったのだと教えていただきました・・・・・。最も頻繁に通報されたのが栃木県で、半日で3回も職務質問を受けました。やはり、日光の山中で逃亡中のオウム信者の潜伏跡が見つかったというニュースが流れた直後だけに、皆さんピリピリしていらしたのでしょうね。

 ところが、大阪だけは違っていました。高枝切りばさみを持って木を観察していると、気がついたときには数人の住民に囲まれていて、「あんた何しとんの?」と聞かれます。アメリカシロヒトリの幼虫を捕まえていることを説明すると、「家にもおるで」とか「あっちにも出とった」という声が次々にかかります。そして最近はだいぶ減ったとか、昔は大変だったという話題になり、そのまま世間話に突入し、いつの間にか人数が増え、30分~1時間くらいで解散。やれやれと別の木を観察し始めると、また別の人たちに囲まれて 質問攻め&世間話が繰り返されます。職務質問の連続よりも、さらにはかどらない状態が続きました。その分楽しい話をたくさん聞けましたけど。
 どうも関西の人と他の地域の人では、思考回路が大きく異なっているように感じます。一般的には、

   怪しい人がいる → 危険なことの前兆かもしれない → 怖い

と連想されるのだと思うのですが、関西の人の場合

   怪しい人がいる → 何かおもしろいことがありそう → 逃がすな

と考えるのではないかと思いました。それが例え、オウム真理教が世間を騒がせている真っ最中であってもです。結局、数日間過ごした大阪で警察官に声をかけられたのは一回きりで、それも通報による職務質問ではなく、その警察官個人の好奇心からでした。

こういった関西圏特有の好奇心の強い地域性が、素晴らしい研究者を数多く誕生させてきた原動力になっているのではないでしょうか。そして縁あって、採集旅行で好印象が残った大阪に、今年4月に引っ越してくる機会に恵まれました。このチャンスを活かし、ここで暮らす数年間でできるだけ多くのこと吸収し、少しでも一人前の研究者に近づきたいと考えています。


[吉川ラボラトリー 奨励研究員 尾崎克久]

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