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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【思索と議論】

橋本主税

 先日、研究室の紹介パンフレットを作りました。なんとなく作り始めたのですが、作ってみると得るものがたくさんありました。まずは、自分たちが完全に理解しているつもりの事柄を平易な文章で書くことができない事に気付き愕然としたことです。これは「本当は全く知らなかったのに、知っていると勘違いしていただけ」であることを意味し、そこからあらためて研究室一同が寄って議論を繰り返す事が始まりました。すると、いままで気付かなかったことに初めて気付かされることも多く、新しいデータが増えた訳でもないのに新しい発見がかなりたくさんでてきました。発生学の本質に関わるのではないか?と感じられるところにも新しいアイデアが湧き上がり、充実した時間を研究室全員で過ごせたのです。パンフレットは、生物学を専攻する大学生を対象に作りましたが、よろしければご一読下さい。余談ですが、パンフレットづくりに触発されて、「形・意味・差異・ゲノム」などについて今まで考えてきたことを体系的にまとめ始めています。週末に思索し翌週に載せる形式として私的ブログ上で「連載」しています。考えをまとめるというのも、やり始めると楽しいものですね。

 ところで、私たちの研究室で最も重要視している研究の方法論は「議論(ディスカッション)」です。「議論」は「ディベート」とは全く異なります。「ディベート」はとにかくその場の言い合いに「勝つ」事を目的としますが、「議論」では勝ち負けは問題ではありません。自分の考えを相手に理解してもらうこと、そして相手の考えを十分に理解することが「議論」の唯一の目的なのです。「ディベート」では最初から複数の結論が存在し、どれを採用するのかが重要なのですが、「議論」では、最初の考えはたたき台に過ぎず、「議論」の過程を経て新しい考えを作り上げようということを最終目的にしています。

 「議論」をしていると、しばしば面白い瞬間が訪れます。誰も新しいことを考えていた訳ではなく、新しい知見が加わった訳でもないのに、それまで全員が持っていただけの知識を元に、まったく考えたこともなかったアイデアがふと現われるのです。「かたち」は、構成要素の関係性である、とこれまでにも書いてきましたが、「議論」を深めることによって、全く同じ「構成要素(この場合は知識)」から新しい「かたち」が生じるのです。「意味」は「かたち」であると以前にも書きましたが、同じ知識の並び替えによって新しい「意味」が生まれる瞬間は快感です。

 私たちの研究室での「議論」で、黒板(ホワイトボード)など内容が消えてなくなるものは使いません。大きめのカレンダーの裏などを使って、とにかく全員が自分の考えをそこに書きます。文章はむしろほとんどなく、絵や記号など、ひとつひとつの物事や考えなどを書き並べ、それらが他の物事とどのようにつながっているのか線や矢印で書き示します。疑問も反論もそこに書き足します。これはATP合成酵素の発見で知られるP. ミッチェルが採ってきた方法論です。最も古くて、しかし最も新しい道具は、思索と議論であるのでしょう。

 新しい機械や新しい技術改革によって生物学は大きな進歩を遂げてきました。しかし、新しい機械や技術を使わなくても、脳みそを最大限有効に使うことで、誰も気付かなかった「意味」に到達できることもあるのです。そのために、「議論」は欠くことのできない重要な方法論であると言うことです。そして、大発見をしたいなら「競争相手を言い負かす」のではなく、「他人の話を聞く耳を持つ」ことが一番大切なのでしょう。


[脳の形はどうやってできるのかラボ 橋本主税]

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