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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【身近な(?)ノーベル賞】

小田広樹

昨年のノーベル賞医学生理学賞は、RNA干渉という現象を発見したアメリカのアンドルー・ファイアー博士とグレイグ・メロー博士に与えられました。受賞対象となった彼らの研究論文は1998年に英科学誌ネイチャーに発表されたもので、最初の論文からまだ8年しか経っておらず、異例の早さでの受賞となりました。
 RNA干渉の発見は、生物学/医学分野に、ある意味、革命をもたらしと言えます。私たちの生命誌研究館でのクモの研究も、その恩恵を大きく受けています。RNA干渉とは何か、簡単に説明すると、細胞の中でふつうRNAは一本鎖の状態で存在していますが、試験管内で相補的な2つのRNAを合成し、DNAのように二本鎖の状態にしたものを細胞の中に導入すると、細胞内の同じ配列をもつ一本鎖のRNAを特異的に分解するというものです。RNAはタンパク質合成の鋳型として働いているので、RNAが壊れるとそのRNAがコードするタンパク質が作られず、結果として、遺伝子が機能できないということになります。このような現象を利用すると、任意の遺伝子を標的にして、その遺伝子が機能しない状態(正確には機能が一時的に抑制された状態)を作り出すことができます。このように実験的に生じさせた異常な状態と正常な状態を比較すれば、標的とした遺伝子がどんな機能を果たしているのかが見えてきます。
 例えば、下図は最近の私たちのデータですが、上段が正常なオオヒメグモ卵の発生の様子を見たもので、下段がデルタという遺伝子に対してRNA干渉を施した卵です。下段の卵では、将来の尾になる部分に異常な陥没が生じています。このことは、デルタ遺伝子がオオヒメグモの尾部の形成に重要な機能を果たしていることを意味します。



 このようにRNA干渉は、これまで研究にはほとんど使われてこなかった(使えなかった)生物種に、遺伝子の機能を解析できる方法論をもたらしました。この方法論はゲノム研究と融合し、生物の多様性を学問するための基盤作りに貢献することが期待されています。この時代の流れの中で、私たちのオオヒメグモの研究が果たせる役割がきっとあるのではないか、そんな思いで日々の研究に取り組んでいます。



[ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ 小田広樹]

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