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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【イチジクコバチの適応能力】

蘇 智慧
 今回は少々堅い研究の話をしてみたいと思います。我々の研究に興味を持っておられる方はすでにご存じかもしれませんが、イチジク属の植物は世界中に数百種分布していて、それぞれの種は特異的に花粉を運んでくれるコバチと共生しています。その共生関係の種特異性が極めて厳密で、【1種対1種】です。この【1種対1種】関係を維持するには、様々な要素が関わっているが、イチジクコバチの強い適応能力もそのうちの1つであると考えています。これに関して1つ興味深い例を話してみたいと思います。
 日本にはイヌビワというイチジク属の種が生息しています。イチジク属植物はもともと熱帯起源で、日本産のものは主に南西諸島に分布していますが、イヌビワはすでに関東地方まで分布域を拡大しています。しかし、南西諸島に生息しているイヌビワと違って、本州(少なくとも近畿地方)にいるイヌビワは冬のシーズンでは生長できないため、休眠に入ってしまいます。では、パートナーのコバチはどうしていますか。鳥のように冬になると、暖かい南国へと飛んでいくのでしょうか。答えは「No」です。コバチもイヌビワに合わせて花嚢の中で発育を止めて休眠します。植物側から何か指令を出しているかもしれませんが、それについては全く分かりません。南西諸島に生息する、休眠しないイヌビワコバチと近畿地方にいる、休眠するイヌビワコバチのDNAを調べてみたところ、両者の間では違いが全く見られませんでした。このことから、イヌビワコバチは最近南西諸島から北進してきたと考えられます。つまり、イヌビワコバチはホストのイヌビワに適応するために、短期間で休眠機能を獲得したのです。このような驚異的な適応能力は【1種対1種】関係の維持に大きな役割を果たしているのでしょう。
 しかし、この【1種対1種】関係は本当に崩れることはないでしょうか。つまり、コバチは自分のホストイチジクの種ではなく、別種のイチジクの花嚢に入ってもちゃんと子どもを残すことができるのでしょうか。最近、イチジクコバチの適応能力について、ちょっと違う視点から考えてみました。つまり、強い適応能力を持っていれば、自分のホスト種だけでなく、別の種にも適応していけるのではないでしょうか。もしそうであれば、コバチの強い適応能力は【1種対1種】関係の維持に役割を果たすだけではなく、逆に、いざとなると【1種対1種】関係の崩壊をもたらす可能性もあるのではないでしょうか。これは【1種対1種】関係の維持(或いは崩壊)のメカニズムの解明に繋がればと思います。しかし、コバチにしては、それはどうでもいいことで、【1種対1種】関係の維持のためでも、崩壊のためでもなく、自分自身が生きていくために、子どもを多く残していくために、適応能力を最大限に発揮するだけでしょう。



[DNAから共進化を探るラボ 蘇 智慧]

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